GATA-1による血球分化制御機構の解明

はじめに

 最近「幹細胞」という言葉をTVや新聞でしばしば見たり、聞いたりされていることと思います。幹細胞を使った心筋梗塞の治療、脚の血管がダメになってしまう病気で血管周囲に幹細胞を注射すると血管が復活するというようなお話、あるいは再生医学のお話でも「幹細胞」という言葉はよく目にすると思います。最近の研究の進歩により、体中の色々なところに、臓器や組織を作る「幹細胞」が存在することがわかってきました。

そんな中で、造血幹細胞は幹細胞の老舗中の老舗、元祖と言っても過言ではありません。血液細胞は一種類の造血幹細胞から十種類以上の血球細胞に分化するとても不思議な細胞です。そして、どうやって一種類の造血幹細胞が多種類の血球細胞に分化するのかということは、わかっているようでわかっていない大きなテーマなのです。私達は、このテーマの解明に「転写因子」の視点から迫りたいと考えています。そして、研究の成果を元に、血液が減ってしまう病気の人々や、白血病の人々の治療に役立つことができればうれしいと考えています。(図1)

図1 ヒト末梢血塗抹標本 

研究内容

 血液細胞は、造血幹細胞から赤血球、白血球(好中球、好酸球、好塩基球、肥満細胞、単球・マクロファージ、B/Tリンパ球)血小板の各血球系列細胞へと分化していくことが知られている。そして、この分化の過程では各種の転写因子がネットワークを形成し、時・空間的に特異的な発現をすることで、共通の造血幹細胞から多種類の血球系列分化を司っていると考えられている。

 GATA転写因子群に属するGATA-1,2,3は血球系GATA因子と呼ばれ、赤血球や巨核球(GATA-1)、造血幹細胞(GATA-2)、Tリンパ球(GATA-3)に発現していることがわかっている。これら血球系GATA因子のうちGATA-1は赤血球、巨核球、好酸球、肥満細胞に発現している。赤血球系では分化に伴って発現量が増加し、様々な赤血球系の遺伝子発現を制御している。

 我々は、GATA-1の血球特異的制御領域(G1-HRD)を用いて、レポータートランスジェニックマウスを作製し、血球分化とGATA-1発現の関係を解析している。G1-HRDにレポーターとしてGFPをつないだG1-HRD-GFPマウスの骨髄中GFP陽性細胞は、内在性GATA-1の発現に一致してGFPを発現していることを確認した。G1-HRD-GFPマウスの骨髄中GFP陽性細胞のトランスフェリン受容体(CD71)発現を指標として、フローサイトメトリーを用いたBFU-EとCFU-Eの分化段階に相当する赤芽球系前駆細胞の分離に成功した。我々は、BFU-Eに相当する赤芽球系前駆細胞をEEP(early erythroid progenitor)、CFU-Eに相当するものをLEP(late erythroid progenitor)と命名した。更に、EEP・LEP細胞分画からmRNAを抽出し、遺伝子発現を解析することにより、GATA-1の発現はLEPで最強となるが、GATA-2の発現はより未分化なEEP分画で強いことを明らかにした。これらの現象はGATA-1によるGATA-2発現制御機構を考える上で非常に興味深いものである。(図2)
図2 赤血球分化の模式図

 最近、ダウン症候群の子供に高率に発症する急性巨核芽球性白血病(DS-AMKL)において、GATA-1のN末端の変異が認められるという報告が相次いだ。更に、ダウン症候群の新生児期に一過性に認められる類白血病反応(TMD: transient myeloproliferative disorder)の段階でGATA-1 N末端の変異が既に出現していることがわかってきた。これらの臨床解析から、GATA-1 N末端が巨核球分化において重要な機能を持っていることが示唆されている。

我々はDS-AMKLから樹立されたMGS細胞にレトロウイルスでGATA-1を発現させ、GATA-1変異と血球分化について検討した。MGS細胞はN末端を欠失した短いGATA-1 (GATA-1ΔNT) のみ発現している。これに野生型GATA-1を発現させると、赤血球分化が進み、フローサイトメトリーでGlycophorinA陽性細胞が増加したが、GATA-1ΔNTを発現させた場合にはGlycophorinA陽性細胞の増加は認められなかった。(図3)

図3 MGS細胞へのGATA-1導入と赤血球分化誘導

また、我々はComplementation Rescue法を用いて、GATA-1を通常の5%程度しか発現せず、GATA-1ΔNTをトランスジーン(TG)として持つ、GATA-1.05:: GATA-1ΔNT TGマウスを作製し、GATA-1ΔNTが血球分化にもたらす機能を個体レベルで検証した。GATA-1ΔNT低発現ラインでは赤血球分化を誘導することはできないが、高発現ラインでは赤血球分化を誘導することができた。これらのことから、GATA-1のN末端が血球分化に対して重要な機能を持っていることがわかり、現在、その分子メカニズムを解析しているところである。

ダウン症でなぜAMKLが高率に発症するのか、そのメカニズムはまだ完全に解明されたわけではない。GATA-1のN末端が欠失していること、ダウン症では21番染色体が3本あることが関与しているのではないかと推定される。そこで、21番染色体上にあり、血球に関連がある転写因子RUNX1やBach1が候補となり、研究が進められている。

 我々は、GATA-1 N末端の血球分化・増殖における機能を解き明かすべく、分子生物学的手法とマウス発生工学的手法を用いて、試験管レベルと個体レベルの両面からアプローチしているところである。

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