研究内容

I. 基礎研究

1. 頭蓋内病変に対する陽子線治療の最適化に関する研究

図-1. 陽子線とX線照射によるアポートシスの誘導
右下のR2(LR)の部分がAnnexin-Vで検出されたアポートシス
図-1
図-2. 陽子線2Gy照射後に生じたDNA損傷部を示すγ-H2AX foci
図-2

陽子線治療の重要な役割の一つは、従来のエックス線治療では十分な効果が得られなかった難治性疾患に対して有効性を発揮することです。基本的に腫瘍細胞は吸収線量依存的に生物学的反応を示しますが、エックス線治療では正常組織への有害事象を防ぐために実際の投与線量には大きな制限があります。それに対して陽子線の特徴は空間的選択性が極めて高いことで、周囲の正常な組織を温存して狙った部位に高線量の照射が可能となります。現在、陽子線によるラジカルの生成、腫瘍細胞の細胞死の誘導、DNA損傷の評価などに関する基礎的な研究を進めており(図-1、2)、その結果に基づいた効果比の高い陽子線治療の確立を目指しております。

図-3. 80 keV/mm 炭素線照射後に生じた膠芽腫細胞のアポトーシス
図-3

また私たちはこれまで、腫瘍細胞や正常線維芽細胞を対象として粒子線が照射された場合に起きる細胞周期の変化(図-3)、細胞死のモダリティーとそれらの出現頻度を検討してきました(図-4)。特に、正常細胞(Fibroblast)と腫瘍細胞(Glioblastoma)では照射後の細胞周期の変化に大きな差があることがわかります。これらの検討の結果、エックス線と陽子線では細胞傷害のメカニズムが異なることが示唆されてきています。今後はそれらを基により効率的な陽子線治療を行うことを目指す計画です。

図-4. 80 keV/μm 炭素線照射後のDNA histogramの時間的変化
図-4

2. 放射線と腫瘍免疫の相互作用

手術、放射線、化学療法は多くの癌に対する基本的な治療法ですが、これからはさらに低侵襲で有効な治療法が望まれています。厚生労働省が掲げる癌に対する国策の中にも癌免疫療法の確立が一つの目標として挙げられていますが、我々もこれまでに癌に対する特異的免疫療法の開発を行ってきました。特に、放射線治療と自家腫瘍ワクチンによる特異的免疫療法の併用効果に注目して、それをサポートする基礎的研究を行ってきました。その結果、図-5に示しましたように放射線照射することで腫瘍細胞ではApoptosisが起きるのみならず、FasやMHC-Iなどの複数の免疫関連分子の発現が亢進し、特異的腫瘍免疫療法の効果が増強されることが示されました。それらに基づき、難治性の悪性脳腫瘍に対する放射線と自家腫瘍ワクチンの併用効果を多施設臨床試験で検討中です。さらに現在はがんに対する陽子線治療と新たな免疫刺激剤(adjuvant)を組み合わせた陽子線腫瘍免疫融合療法の基礎的研究を進めています。

図-5. 放射線と腫瘍免疫の相互作用
図-5

II. 臨床研究

1. 頭蓋内疾患に対する陽子線治療

陽子線治療の重要な役割の一つは、従来のエックス線治療では十分な効果が得られなかった難治性疾患に対して有効性を発揮することです。基本的に腫瘍細胞は吸収線量依存的に生物学的反応を示しますが、エックス線治療では正常組織への有害事象を防ぐために実際の投与線量には大きな制限があります。それに対して陽子線の特徴は空間的選択性が極めて高いことで、周囲の正常な組織を温存して狙った部位に高線量の照射が可能となります。

難治性腫瘍である悪性グリオーマの腫瘍の中心部に従来では不可能だった96 Gy 以上の照射を行うことができます。図-6にその概念を示しました。これまで20例以の膠芽腫の患者さんがこの治療を受けてきましたが、その治療成績を図-7に示しましたが、従来の放射線治療よりも格段に優れた結果となっています。

図-6. 膠芽腫に対する、陽子線とX線を併用した高線量同時追加照射法
図-6
図-7. 膠芽腫に対する陽子線治療の成績
図-7

また、頭蓋底腫瘍に対すしても陽子線治療はとても有効です。現在、頭蓋底脊索腫に対して78.6GyEを照射するプロトコールを行なっていますが、局所の制御率は格段に向上しています。(図‐8、9)

図-8. 斜台部脊索腫に対する陽子線治療プロトコール
図-8
図-9. 斜台部脊索腫の陽子線治療例
図-9

脳動静脈奇形(AVM)は若年者の脳出血やけいれん発作の原因となります。小さなものは手術やガンマナイフなどにより治療が可能ですが、大きなものや脳の深部やeloquent areaにあるものの治療はとても困難です。そこで特に大きなAVMを対象として陽子線治療の臨床研究を進めています。(図-10)

図-10. 左後頭葉AVM (Spezler -Martin grade 5)
(55×40 ×50mm)
図-10

2. 肝がんに対する陽子線免疫融合療法

陽子線治療は肝細胞癌に対する局所療法として優れた治療法の一つとなりつつありますが、その後の肝内再発を防ぐことは他の局所療法と同様に重要な課題です。そこで私たちは、再発肝細胞癌を対象として陽子線治療と新たな免疫療法を組み合わせた臨床試験を行っております。この研究の最も大きな特徴は、陽子線照射後に残る死んだ腫瘍組織を抗原として利用し、新たに開発した免疫刺激剤を局所投与することにより体内でがん特異的免疫反応を誘導する点です。現在、再発肝がん症例を対象にして筑波大学附属病院で消化器内科と共同で臨床試験を行なっています。(図-11)

図-11. 陽子線照射と免疫補助療法を併用する新たな肝がん治療法
図-11