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筑波大学

大学院生募集Recruitment

トップページ大学院生募集エッセイ(種田さん)

研究室OB・OGによるショートエッセイ

地域の声を聴く〜精神障害者当事者活動の展開地域で生きた5年間〜
種田綾乃(2011年度博士修了)
(「ヒューマン・ケア科学専攻への招待」より抜粋・イラストも本人による)

 新千歳空港からバスで4時間、太平洋沿岸の小さな町に、積極的な地域活動を展開する精神障害者の当事者団体があります。「精神医療の先駆的な実践」と称されたこの団体に興味を持ち、大学生時代、私は見学者としてこの団体を訪れ、町の教会でメンバーと寝食を共にし、交流を重ねました。

 大学院に進学し、研究テーマを模索し大学周辺の障害者関連施設で障害者の地域生活支援に携わる中で、社会に根強く存在する障害者に対する社会的偏見に直面します。―精神障害者による積極的な活動の展開されるあの地域では、住民と精神障害者とがどのように関係性を築いているのだろう―先駆的な一地域の実情に、今後の他の地域での活動にも通じる「何か」を得たいという思いから、研究は始まりました。

 地域の実態を知るための第一段階として、地域住民に対する質問紙調査を実施し、精神障害者との接触と偏見の実態を明らかにすることにしました。経費削減・回収率の確保のため、そして何よりも自らの足で地域を歩きたいという思いから、住民2000名に質問紙を直接配付することしました。

 約一ヵ月間、当事者団体の共同住居の一室に居住し、質問紙の詰まった大量の段ボール箱とともに眠り、毎日一万歩を超える道のりを歩き質問紙を配付しました。対象者から直接厳しい言葉を投げかけられることも、山道を必死で登った末、地図上ではあるはずの住宅群が幽霊屋敷となっていたこともありました。苦難が大きいほどに、調査中に温かい声をかけてくださる方の存在が、一歩を重ねる原動力でした。

 調査での滞在中は、図書館や喫茶店等、住民の集まる場に積極的に足を運び、住民の会話に耳を澄ませました。地域の日常の中に、当事者団体の「見学者」という立場では見えていなかった現実、地域の外には伝えられていない現実が溢れていました。

 質問紙調査でのもっとも大きな収穫は、住民との個人的なつながりが生まれたことです。配付中に立ち寄った喫茶店のオーナーと、この地域の当事者活動の現実について、閉店後まで話し込み、夕食まで御馳走になることもありました。多くの出会いに支えられながら配付を終え、お世話になった方々に、感謝の言葉を添えた手製のポストカードを手渡して、調査地を発ちました。

 質問紙調査の結果は、地域の厳しい現実を露にしていました。精神障害者の理想郷として報道等で取り上げられている地域の実情は、他地域以上の厳しい偏見の中で存続していることが見えてきました。―どうやって関係性が築けばいいのか、今の状況をどうにかできないものか・・―

 滞在中に出会った住民の苦悩は、一地域としての問題を超えた問いを投げかけているように思えました。その問いへの答えを求め、当事者団体と継続的な関わりを持つ住民の語りから、「住民はどのように精神障害者と関係性を構築していくのか」という実態を明らかにしていくことにしました。

 協力者が十分に集まるのか、研究の到達点はどこにあるのか・・・先行きの見えない不安を抱えながら、再び調査地に足を踏み入れた私を、住民の方々は家族のように迎え入れてくださりました。自身の贈ったポストカードが、店頭に飾られ、ブログに掲載され、「あのイラストを描いた人」としての存在が地域の中に築かれていました。研究計画の余白から発生した人とのつながりを頼りに、調査は展開していきました。「こんなこと、あなただから話すけど・・」と、インタビュー中にメンバーとの関わりにおける苦悩を語られた方、涙を流しながらメンバーへの熱い思いを語られた方・・・住民の声なき声に向き合った日々でした。

 調査での滞在中は、喫茶店の仕事を手伝わせていただきながら、喫茶店の一室に寝泊まりし、オーナーと共に地域生活を送りました。喫茶店ではさまざまな住民との出会いがあり、自家製の料理を差し入れてくだった方や夕食に招いてくださった方、観光に連れて行ってくださった方もいました。極寒の季節にもかかわらず、多くの人々の温もりの中での調査でした。複数回の滞在によるデータ収集を完了し、調査地を発つ日の早朝、バスターミナルに数名の住民の方々が見送りに来てくださりました。手渡された手紙に書かれた「いつでも帰っておいで」の文字に、「私」としての居場所が地域の中に築かれていることを実感しました。

 持ち帰った膨大なインタビュー・データと向き合い続けた日々。果てしない分析作業の中で、到達点への唯一の指針は、いつもあの地で過ごした自身の体験の中にありました。一住民として、一個人として、地域を歩き、地域で生きた体験のすべてが、データに意味をもたらし、地域の実態が明らかになっていきました。

 一地域の声に向き合い続けた5年間、自身が「やりたいこと」と「できること」との狭間で葛藤し、「自分だからこそ、できること」を築いていった日々でした。実態を明らかにするための一連の研究手法を習得するとともに、研究は決して一連の手法だけではないことも学びました。一連の理論・手法をどうアレンジしていくのか、研究計画の余白をどう活用するのか、自分自身をどうプロデュースしていくのか・・・、地域の声を聴くことはきわめて創造的な営みであることを学び、その中に、研究の楽しみがあり、自分自身の成長がありました。