研究概要

ブドウ球菌などの病原細菌がどのようなメカニズムで宿主や環境に適応して生き残り、病原性を発揮するかを明らかにするための基礎的研究をしています。(英語メインページもご覧ください)

黄色ブドウ球菌

本菌は主にヒト鼻腔に常在する日和見感染菌ですが、「毒素のデパート」と呼ばれるほど多様な病原因子を備え、食中毒、膿瘍、敗血症、毒素性ショック症候群など多用な感染症を引き起こします。乾燥、高食塩濃度、リゾチウム等に耐性でヒトの上皮環境に適応しているだけでなく、好中球やマクロファージによる貪食メカニズムにも耐性を持ち(細胞内寄生性の特徴を併せ持つ細菌だとも認識されています)、これにより慢性疾患や再発を繰り返す、ヒト日和見感染のエキスパートとも言えるやっかいな病原菌です。これら多様な耐性や適応の仕組みにはこれまでの「遺伝子の研究」だけでは解き明かすことができていない不明なものが多く残されています。当研究室では「細胞集団の不均一性」の視点からの研究や、「核様体・細胞膜のダイナミクス」が示唆する新規なメカニズムの解明を目指して独自の研究を続けています。

 本菌の抗生物質耐性化は世界中で問題となっています。全てのβラクタム系薬が効かないメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が蔓延しており、我が国では50%程度、ベトナムなどでは80%がすでにメチシリン耐性株となっていますが、例えばそのメチシリン耐性遺伝子がどのように伝達されてMRSAが出現するかについても研究中です。

  1. 黄色ブドウ球菌の薬剤耐性化プロセスの一つとして自然形質転換能(細胞外DNAを取り込む能力)を見出しています。これがどのような条件で、またどのようなメカニズムで発揮されるかを調べています。また「最後の手段」である抗MRSA薬に対する耐性についても国際共同研究を進めており、リネゾリド耐性遺伝子などの重要な薬剤耐性遺伝子が水平伝達する可能性を実験的に明らかにする研究も行っています。
  2. 上記の自然形質転換能はある条件で数パーセント程度の細胞だけが発揮します。これは、「大部分はゲノム情報を維持しつつ、一部の細胞が進化を試みる」という両賭戦略であると考えられます。実は同様にポピュレーションの一部だけで発現する遺伝子群を他にも複数発見していますが、そのほとんどは機能未知です。ということは、細菌は集団の不均一性を作り出すことで我々がまだ知らない生存戦略や感染戦略を持っているのだろうと思われます。遺伝子操作、セルソーター、RNAseqなどを利用してこれらを明らかにすることで、新規な細菌の特性を解明しようとしています。
  3. ヌクレオイド(核様体:ゲノムDNAを含む構造体)は大腸菌では定常期や飢餓で凝集してゲノムを守ります。一方黄色ブドウ球菌では酸化ストレスに応答して凝集しますが、ゲノムを直接的に守っているのではないことが明らかになりました。酸化ストレスは好中球など貪食細胞が発揮する重要な殺菌因子です。凝集によってブドウ球菌は何を行っているのかについてアイデア(下図, Review, 2019)はまだ仮説の段階ですが、その証明を目指しています。核様体の観察には原子間力顕微鏡という特殊な顕微鏡を用います。

その他、グラム陽性菌では

など、「環境適応・進化」という興味のもとで、メンバーごとに異なるいろいろな課題に取り組んでいます。