班長の挨拶


■A01班.「脳の発生における分子細胞生物学的研究」

班長 桝 正幸(筑波大学 基礎医学系分子神経生物学)

 このたび、A01班「脳の発生における分子生物学的研究」のお世話をさせて頂くことになりました。至らぬ点も多いかもしれませんが、一所懸命努力して参りますので、班員の方々にはご指導とご協力をよろしくお願い申し上げます。
 A01班の研究目的は、脳神経系の発生過程における神経細胞分化と神経回路形成の分子機構を明らかにすることにあります。この分野は近年の発生学と分子生物学の進展により急速に進歩しつつあり、今後も多くの発見が生まれることと思われます。神経細胞の分化に関しては、分化誘導を司る細胞間情報伝達分子や分化誘導遺伝子の発現を制御する転写因子群が明らかになってきました。また昨今は、ニューロンとグリアの共通の起源となる神経幹細胞に興味が集まっております。脳の神経細胞は再生しないと長らく信じられてきましたが、最近では神経幹細胞が成熟動物の神経組織にも広く存在していることが明らかにされ、幹細胞を用いた再生医療への期待が高まっています。実際の治療を始める前には、神経幹細胞から特定のニューロンへ分化させる方法を確立する必要がありますが、本研究班の課題である神経細胞分化と神経幹細胞生物学の研究は、脳神経系の成り立ちを理解するためのみならず、これら神経疾患の治療という応用的側面を支える基盤的な技術の開発にも必須のものであると考えられます。
 脳神経系のユニークさは、これら神経細胞の多様性に加えて、多様な細胞が特定の相手とシナプス結合を介して機能的に結びつけられている点にあります。最近、神経回路形成に関与する神経軸索ガイダンス因子とその受容体の同定が急速に進みつつありますが、脳神経系の複雑さを鑑みるに神経回路形成に関わる未知の分子がまだ多数存在すると考えられます。また、すでにクローン化された遺伝子についても、実際の成体内での働きが十分解明されていないものも多く、軸索ガイダンス因子がその情報をいかにして細胞内に伝えて軸索の動きを制御しているのかも不明なままです。今後、新規の神経回路形成遺伝子の同定と並んでその情報伝達の仕組みを明らかにしていくことが重要です。さらに進んでシナプス形成・修飾に関与する分子の研究は、成熟脳における神経可塑性とも深い関わりがあると考えられ、今後の研究が期待されます。現在までに同定された神経回路形成遺伝子の中にはヒトや実験モデル動物の神経疾患の原因であったものが多く、本研究を推進することにより、ヒトの遺伝性・難治性神経疾患の発症機序の解明や治療へのヒントが得られる可能性も高いと考えられます。
 神経科学は非常に幅広い領域の様々な研究分野を包含しています。実際、「先端脳」の研究テーマも神経発生から機能発達、神経疾患、記憶・学習、神経モデルの研究までが含まれ、使われるテクニックも様々です。A01班の研究は発生過程に焦点を絞ってはいるものの、脳神経系の基本的な成り立ちを明らかにすることを目的としており、広く他の分野の研究と関連してくる点が多いはずです。この様な研究を効率良く推し進めて行くためには、個々の研究者の独創的な発想のみならず、研究者間の有機的な研究交流・共同研究が必要であろうと思われます。この特定領域研究においても、各研究班員の方々の間の交流が活発に行われることを望みます。5年間という短い時間の中ではありますが、競争の厳しい昨今の状況の中で、世界的な研究がこの研究班の中から生まれることを期待しています。本年度は計画班員3名、公募班員27名の総勢30名で研究に取り組んでまいります。
 今後5年間の目標として以下の点を明らかにして行きたいと考えています。

  1. 神経細胞分化と神経細胞の領域特異性決定を制御する細胞間・細胞内情報伝達機構を明らかにする。
  2. 神経幹細胞の増殖・維持・分化を制御する分子機構を解明する。
  3. 神経軸索の伸長を制御する因子を同定し、その情報伝達系を明らかにする