班長の挨拶


■B01班.「記憶・学習・思考の分子生物学的研究」

班長 三品昌美(東京大学大学院医学系研究科分子神経生物)

 本研究班は、実体としてのシナプス機能分子がどのようにして記憶・学習を可能にしているかを探求することを通じて、記憶・学習の分子機構を理解しようとしています。記憶が脳内に蓄えるとすればその部位はシナプスであるとの考えは、Cajal にまでさかのぼります。シナプスにおける神経情報伝達の分子的理解は、グルタミン酸受容体やイオンチャネル分子のクローニング、シナプス小胞蛋白などシナプス前部の神経伝達物質放出装置を構成するタンパク複合体に引続き、シナプス後部タンパク複合体の実体が急速に進みました。また、AMPA型グルタミン酸受容体の非常に速いターンオーバーがLTP発現に寄与し、NMDA型グルタミン酸受容体の活性化によりスパインの出芽が引き起こされるなどシナプスのダイナミックな動きも次第に明らかになってきました。さらに、遺伝子ノックアウト法、行動学、電気生理学、形態学の統合的適用により、NMDA型グルタミン酸受容体やCREBなどの分子が記憶・学習に重要であることが示されてきました。このように多彩な分子の巨大複合体のダイナミックな活動がシナプス機能を支えているとの知見を推し進め、中枢シナプスの働きを分子レベルで明らかにすることが重要です。さらに、神経回路網の形成に比べ未知の部分が多いシナプス形成の機構を明らかにする必要があると考えています。これらのシナプス機能分子やシナプス形成分子が、記憶・学習を如何に可能にしているのかという問いかけに遺伝子ノックアウト法が有効であることは確かですが、様々な限界もあります。
 従来の129系統のノックアウトマウスには遺伝的背景の問題があるため、学習能力の高いC57BL/6系統由来の胚幹細胞を用いる遺伝子ノックアウトシステムを構築することが重要です。同時に、シナプス機能分子やシナプス形成分子と記憶・学習との関係を明らかにするためには、発達期を避け特定の時期に、さらには、脳の特定のシステムや回路網あるいは特定の神経細胞で、欠損させることができるノックアウト法を打ち立てることが重要です。例えば、プロゲステロン受容体のホルモン結合領域と遺伝子組み換え酵素Creリコンビナーゼの融合タンパクであるCrePR遺伝子を用いることにより時期を選んで遺伝子をノックアウトすることが可能になります。また、脳の特定の部位に発現する遺伝子のプロモーターを利用することにより、部位特異的遺伝子ノックアウトが実現できるものと思われます。記憶・学習の機構を分子・細胞・組織・個体レベルの実験を有機的に組み合わせ、統合的研究を行うために、班内外との共同研究を推進したいと考えています。