活動報告

     

「運動ニューロンの変性・細胞死を防ぐ」
球脊髄性筋萎縮症の治療法の開発

祖父江 元 (名古屋大学大学院・医学系研究科・神経内科)

 はじめに
 球脊髄性筋萎縮症(SBMA)は、成人期に発症する緩徐進行性の下位運動ニューロン疾患であり、四肢近位部の筋力低下・筋萎縮と球麻痺を主症状とする。成人発症の運動ニューロン疾患として、筋萎縮性側索硬化症に次ぐ頻度でみられる。患者は男性のみであり、女性保因者は通常無症状である。
 SBMAの原因はアンドロゲン受容体(AR)第1エクソン内のCAGリピートの異常延長であり、それにより生ずるポリグルタミン鎖の毒性を病態の中心とし、ハンチントン病や脊髄小脳変性症などと並びポリグルタミン病と呼ばれる。その病態は徐々に解明されつつあるが、SBMAを含め根本的治療は存在しない。病理学的には、変異蛋白からなる核内封入体を脊髄前角細胞や下位脳神経運動核などで認める。核内封入体はポリグルタミン病の病理学的特徴でもあり、病態への関与が示唆されている。封入体そのものの毒性については議論が絶えないが、ポリグルタミン鎖を含む変異タンパクの核内移行が病態形成に必要不可欠であることは、多くの研究により示唆されている。他のポリグルタミン病と異なりSBMAにおいては、特異的リガンドの影響で変異タンパクの細胞内分布が変化する点がユニークである。すなわち、SBMAの原因タンパクであるARは、通常細胞質に複合体として不活化された状態で存在しており、リガンドであるテストステロンと結合することで核内に移行することが知られている。
 先に述べた通り、SBMAでは症状の性差が著明であるが、これまで報告されたトランスジェニックマウス(Tg)においては、症状の性差はみられていない。我々は、CAGリピートが97に延長した全長のヒトAR遺伝子を導入した新しいTgを作成し、SBMAのホルモン依存性の病態を解明するとともに臨床応用可能な治療の開発を行った。

 1. 97CAGを有するARを発現するTgにおける症状、所見の性差
 症状における性差:チキンsアクチン-プロモーター 調節下に24CAGないし97CAGを有するヒトARをpCAGGSベクターにサブクローニングし、microinjectionにてTgを作成し、24繰り返しのマウス(AR-24Q)3系統と、97繰り返しのマウス(AR-97Q)5系統とを得た。AR-24Qのマウスはいずれも無症状であったが、AR-97Qの5系統の内3系統では進行性の運動障害が認められた。症状は雄のAR-97Qマウスにおいて重篤かつ急速に進行したが、雌では症状が認められないか、あっても雄より遥かに軽症であった。
 導入遺伝子の発現:ウエスタンブロットでは、変異ARの高発現が認められ、変異ARのモノマーのバンドに加え、ゲル上部に留まるものと切断された変異AR断片も認めた。変異蛋白は脊髄、脳、心、筋および膵などに認めた。ゲル上部に留まる変異蛋白の発現は雄でより大量に認め、その殆どは核分画に存在していた。transgeneのmRNAレベルでの発現の性差は明らかでなかった。
 病理所見:AR-24Qマウスでは病理所見は認められなかった。一方、AR-97Qマウスにおいては、異常延長したポリグルタミンに対する特異的抗体(1C2)による免疫染色で、核のびまん性染色や核内封入体が脊髄、大脳、小脳、脳幹や後根神経節の神経細胞および心や筋、膵などの非神経組織に認められた。神経組織では運動ニューロンの核に最も著明な核のびまん性染色や核内封入体が認められた。核の染色は雄でより高頻度に認められ、症状やウエスタンブロットの性差に一致する結果が得られた。電子顕微鏡による1C2の免疫染色では核内封入体に対応する顆粒状凝集体と、びまん性染色に対応する微細凝集体とが観察された。筋病理では、雄マウスにおいて著明な神経原性変化が認められ、軽度の筋原性変化も認められた。細胞脱落は明らかでなかったが、脊髄運動ニューロンの断面積や脊髄前根の大径線維の軸索径は、雄AR-97Qマウスにおいて有意に縮小していた。

 2. 雄AR-97Qマウスの去勢による治療
 症状や病理所見の性差が、男性ホルモンであるテストステロン分泌の性差によるものと仮説をたて、まず雄のAR-97Qマウスに去勢を施行した。対照群(sham operation)では著しい運動機能障害を認めたが、去勢されたAR-97Qマウスでは運動障害はほとんど認めなかった。ウエスタンブロットでは、ゲル上部に留まる変異AR蛋白が、対照群に比べ去勢マウスにおいて著明に減少し、核分画における変異ARもまた、去勢マウスにおいて著明に減少した。1C2免疫染色における核のびまん性染色や核内封入体は、去勢により劇的に改善した。これらの結果は、去勢により変異ARの核内移行を抑制したことを意味する。血清テストステロン値は去勢により測定感度以下に低下した。

 3. 雌AR-97Qマウスに対するテストステロン投与
 次に雄AR-97Qマウスにおける去勢の治療的効果が、テストステロンの分泌抑制であることを明らかにするため、症状の乏しい雌AR-97Qマウスにテストステロンを投与した。テストステロン投与により雌AR-97Qマウスの運動機能は著しく低下した。ウエスタンブロットおよび免疫染色では核内の変異ARがテストステロン投与群において著明に増加した。

 4. 雄AR-97Qマウスに対するホルモン治療
 去勢による雄AR-97Qマウスの治療効果に基づき、これを臨床応用する目的で2種類の抗アンドロゲン作用を有する薬剤、LHRHアナログとアンドロゲンアンタゴニスト、の効果を検討した。LHRHアナログの投与では去勢と同等の表現型抑制効果が認められ、運動機能や病理所見は著しく改善したが、アンドロゲンアンタゴニストの投与では治療効果は認められなかった。

 5. Hsp70高発現による治療
 分子シャペロンであるHsp70は、ポリグルタミン病の核内封入体に共存し、構造異常を有する変異タンパクをrefoldingすることでその毒性を軽減することが示唆されている。我々は、その効果をSBMAのマウスモデルで検討すべく、Hsp70高発現マウスと雄AR-97Qマウスとを交配することでdouble Tgを作成した。Hsp70高発現によりマウスの運動機能は改善し、治療効果が認められた。病理学的には核内封入体の減少を認め、ウエスタンブロットでは変異ARモノマーも減少していた。

 考察
 我々の作成した97CAGを有するヒトARを有するTgは、進行性の運動障害と神経病理所見を呈し、これらの所見はヒトSBMAに同等であった。これまで報告されたSBMAのモデルマウスでは症状の性差は認められておらず、これらのマウスにおけるtransgeneがtruncateされており、リガンドの結合部位を有していないためと考えられる。一方全長のARを導入した我々のTgでは、変異ARの核内局在に著しい性差を認め、その病態にリガンドであるテストステロンが深く関与していることが示唆された。
 去勢は雄Tgの表現型を著しく改善し、ウエスタンブロットや免疫染色では核内に局在する変異ARが去勢によって劇的に減少した。これは、去勢によるテストステロン減少が変異ARの核内移行を抑えるためと考えられる。他方、雌Tgの症状は軽微であったが、テストステロン投与により著明に増悪し、テストステロン増加による変異ARの核内移行促進が原因と考えられた。また、LHRHアナログは精巣からのテストステロン分泌を抑制することで去勢と同様に変異ARの核内移行を抑制し、SBMAの病態を著しく抑制するが、アンドロゲンアンタゴニストは、AR機能は抑制するもののその核内移行は抑制しないため、表現型を改善できないと考えられた。
 また、Hsp70は、変異ARをrefoldingすることで毒性を軽減するのみならず、そのdegradationを促進することで、結果として核内に蓄積する変異ARの量を減少させ、病態を改善させるものと考えられた。
 SBMAを始めとするポリグルタミン病では、変異蛋白がcleavageなどの修飾を受け核内に移行し、凝集していくことで転写因子などとのタンパク相互作用を介して病態を形成するものと考えられている。変異蛋白の核内移行を抑制する我々の方法は病態に根ざした治療法であり、他のポリグルタミン病にも応用可能な方法と考えられる。ことに、LHRHアナログはすでに前立腺癌の治療薬として広く使用され、その安全性も確立されていることから、SBMAの治療として有望と考えられる。我々は現在、その臨床試験を計画中である。

 文献
1. Masahisa Katsuno, Hiroaki Adachi, Akito Kume, Mei Li, Yuji Nakagomi, Hisayoshi Niwa, Chen Sang, Yasushi Kobayashi, Manabu Doyu, and Gen Sobue. Testosterone reduction prevents phenotypic expression in a transgenic mouse model of spinal and bulbar muscular atrophy. Neuron 35: 843-854, 2002.
2. Hiroaki Adachi, Masahisa Katsuno, Makoto Minamiyama, Chen Sang, Gerasimos Pagoulatos, Moriaki Kusakabe, Atsushi Yoshiki, Yasushi Kobayashi, Manabu Doyu, and Gen Sobue. HSP70 chaperone over-expression ameliorates phenotypes of the SBMA transgenic mouse model by reducing nuclear-localized mutant AR protein. J Neurosci 2003. (in press)