活動報告

     

「テクスチャーの勾配から3次元的な面の傾きを知覚するための神経機構」
筒井健一郎,酒田英夫,長沼朋佳,泰羅雅登(日本大学大学院医学研究科・応用システム神経科学)

 立体視の問題は、心理学領域では古くから研究テーマとしてとりあげられ、たくさんの研究成果がでているが、脳内メカニズムについてはブラックボックスとして扱われてきた経緯がある。神経生理学の領域では、1980年代に視差信号の初期情報処理過程についての研究は詳しくなされたが、視差検出のメカニズムがある程度わかった時点で、立体視についてはほぼわかったとされ、また、「立体的に見える」というその事実が明らかすぎることから認知的な脳内メカニズムについては手つかずの状態であった。しかし、単に視差検出のメカニズムがわかっただけでは、奥行き知覚に関する脳内メカニズムがすべて解明されたわけではなく、ここ数年、我々は認知の側面から奥行き知覚・立体視の問題をとりあげ研究してきた。
1.Marrの仮説
 視差の検出メカニズム、すなわちある点が現在見ている点より手前にあるのか、奥にあるのかがわかっただけでは、真の奥行き知覚には程遠い。複雑な三次元形態がわかるためには、さらにその先の情報処理メカニズムが必要である。Marrは三次元形態を脳内で再構成するための計算理論をたて、その中で、軸の傾きと面の傾きが視覚情報の中間処理の段階で重要であることを指摘した1)。つまり、面の傾きを検出し、面と面との組み合わせから基本的な立体を識別し、さらに、その軸の方向と、他の要素との相対的な位置の関係を検出して三次元的形態を認識するような階層的な神経情報処理機構がある可能性を示唆した。では、彼の理論に当てはまるような、脳内メカニズムがあるのだろうか。これが我々の研究の出発点であった。
2. 面の傾きの手がかり
 1800年代にWheatstoneは一対の線画図形を両眼に呈示する立体鏡という装置を使って立体視に関する研究を行なった2)。彼が実験に用いた線画図形をみると、垂直軸回りに傾いている線分、たとえば左が手前、右が奥にある線分では、右目と左目の網膜像の長さを比べると右目像のほうが左目像よりも長いことがわかる。このような視差を幅視差(width disparity)と呼ぶ3)。一方、右目像と左像では傾きが異なる線分を融合させると、手前、あるいは奥に傾いた線分が知覚できる。このような左右の像の傾きの違いを方位視差(orientation disparity)とよぶ3)。したがって、左右の像に明確な輪郭はあるが、その内部が一様で対応点がないような刺激では、輪郭部分の幅視差、方位視差が面全体の傾きの重要な手がかりになる。一方、Julesが開発したランダムドットステレオグラム(RDS)のように、輪郭を持たない刺激であっても傾いた面を知覚することができる4)。この場合、幅視差、方位視差といった手がかりを使うことはできない。したがってこの場合には、面の全域にわたる視差の勾配が面の傾きの手がかりになると考えられる。視差を必要としない絵画的手がかりももちろん重要である。Gibsonは傾きの検出には、表面のテクスチャーに含まれる大きさや、密度、線の間隔などのなだらかな変化(勾配)が重要であると指摘している5)。実際にテクスチャーの情報だけから面の傾きが識別できる(図1)。線遠近法による輪郭も面の傾きを知覚する手がかりになることはよく知られた事実である。

図1.テクスチャーの勾配からわれわれは奥行きを知覚できる。


3.面の傾きに反応する神経細胞
 我々の研究室では、サルの頭頂連合野のCIP領域のニューロンを調べ(図2)、面の傾きを識別しているニューロン、すなわち面方位識別(Surface orientation selective, SOS)ニューロンがあることを明らかにし、その性質を調べてきた6-8)。最初の研究では6)、正方形の板(プレート)による傾いた面(Solid Figure Stereogram, SFS)を使って調べ、 CIPのSOSニューロンが三次元的に傾いたある面に対して選択的に反応することを確認した。さらに、この刺激をRDSで作成したものを作り、ニューロンの反応を調べたところ、多くのものはランダムドットステレオグラムにも反応した。したがって、このニューロンは視差情報で面の傾きを判断していることになる。

図2.奥行きを知覚する領域 CIP領域 頭頂間溝外側壁後方部にある


4.視差手がかりの効果
しかし、この最初の研究で用いた面は傾きによって輪郭が変化するので、視差手がかりだけでなく絵画的な手がかりも含んでいる。そこで、次の研究では面の傾きが変わっても輪郭が変化しない立体図形を計算して作り反応を調べた7)。その結果、SFSには反応するが、RDSには反応しないニューロン、逆にRDSにだけ反応し、SFSには反応しないニューロン、そして両者に反応するニューロンが見つかった。この結果はいろいろな種類の両眼視差手がかりを使って傾きを識別していることを意味している。すなわち、SFSだけに反応するニューロンは輪郭部分の視差信号を手がかりに面の傾きを識別していると考えられ、方位視差や幅視差を使って面の傾きを検出している可能性がある。また、RDSにだけ反応するニューロンは面を横断的に見たときの視差勾配を使って面の傾きを識別していると考えられる。
5.絵画的手がかりの効果 
 絵画的手がかりの影響を調べるために視差のない刺激に対する反応を調べたところ7)、CIP領域のSOSニューロンはその多くが視差のない刺激に対して反応するが、反応が著しく減弱することがわかった。この結果は、この領域で両眼視差信号と、単眼の奥行き手がかりの統合が行われていることを示している。また、反応が減弱するということは、絵画的手がかりが補助的な役割を果たしている可能性を意味している。
 面の傾きはテクスチャーからも識別できる。今回のScienceの論文8)では、このCIPにあるSOSニューロンが、テクスチャーの情報を使った面の傾きの検出にも関与していることを世界で初めて明らかにした。先にも述べたように、我々は1950年代にアメリカのGibsonが発表した視覚心理学の理論に着目した。彼は、自然界の物体には、たいていその表面に一様な模様(テクスチャー)があり、このテクスチャーのついた物体が奥行き方向に傾いていると、観察者から近い部分の模様は、密度が低く、大きく見え、逆に、観察者から遠い部分の模様は、密度が高く、小さく見えるので、このテクスチャーの「勾配」によって、奥行きを計算することができると指摘した。我々は、以前に両眼視差から面の傾き検出するニューロンを見つけた頭頂連合野のCIP領域に、テクスチャーの勾配を検出するニューロンがあるのではないかという仮説を立て、以下のような実験を行った。まず、サルに一定の時間間隔をおいて連続的に提示される二つのテクスチャー平面の傾きが同じか違うかをボタン押しで答えさせる課題を訓練した。この課題を遂行中に、頭頂連合野のCIP領域からニューロンの活動を記録したところ、多くの細胞がテクスチャー平面の傾きに選択的に反応し、テクスチャー勾配の検出を行っていることが分かった(図3,4)。この神経細胞は模様の図柄を変えても同じように反応するので、単純に模様に反応しているわけではない。また、ドットのサイズを変えても同じように反応する。したがってこのニューロンは我々が視差情報やテクスチャーの情報に基づいて、純粋に面の傾きを知覚することに対応した活動を示していると考えられる。さらに、ランダムドットステレオグラムを使って同じニューロンを調べてみると、多くのニューロンが、テクスチャー勾配と同時に両眼視差にも感受性をもっていることが分かった(図3, 5)。我々の知覚や、意識は脳のニューロンが活動することで生じるわけであるが、今回の論文は、まさに、我々の奥行き知覚に対応したニューロンの活動を見つけたといえる。これらの結果から、頭頂連合野のCIP領域で、テクスチャー勾配の情報が分析され、さらに、もうひとつの重要な奥行き手がかりの情報である両眼視差の情報と統合されることによって、奥行き知覚が生じるということがほぼ明らかになった。さらにこの論文で我々は、サルも人間の知覚と同じように、単眼像から奥行きを知覚していることを行動学的に明らかにした。



図3.テクスチャーから面の傾きを知覚するニューロン。このニューロンはドットテクスチャー(Dot-TP)でもラインテクスチャー(Line-TP)でも、ランダムドットステレオグラム(RDS)でも同じ傾きの面(右が手前の面)に反応する。



図4.ドットテクスチャー(Dot−TP)、ラインテクスチャー(Line−TP)でできた9方向の面に対する反応。どちらの刺激に対しても、同じ反応選択性がある。



図5.このようなニューロンのドットテクスチャーで表現される面の傾きに対する選択性はラインテクスチャー(上段)、RDS(下段)で表現される面の傾きに対する選択制とよく一致する。すなわち、テクスチャー勾配の情報が分析され、さらにもうひとつの重要な奥行き手がかりの情報である両眼視差の情報と統合されることによって奥行き知覚が生じる。


参考文献
1) Marr D: Vision. Freeman (1982)

2) Wheatstone C: Contributions to the physiology of vision, Philosoph Trans of the Royal Soc, vol128, pp371-394 (1838)

3) Howard IP and Rogers BJ: Binocular vision and stereopsis, Oxford (1995)

4) Julezs B: Foundations of Cyclopean Perception.University of Chicago Press, (1971)

5) Gibson JJ: The Perception of the Visual World, The Riverside Press (1950)

6) Taira, M., Tsutsui, K., Min, J., Yara, K. and Sakata, H.: Parietal neurons represent surface orientation from the gradient of binocular disparity. J. Neurophysiol. 83:3140-3146 (2000).

7) Tsutsui, K., iang, M., Yara, K., Sakata, H. and Taira, M.: Integration of perspective and disparity cues in surface-orientation-selective neurons of area CIP: Single unit recording and muscimol microinjection experiments. J Neirophysiol 86:2856-67 (2001).

8) Tsutsui, K., Sakata, H., Naganuma, T. and Taira, M.: Neural correlates for perception of 3D surface orientation from texture gradient. Science, 298:409-412 (2002).