活動報告

     

「神経軸索ガイダンス分子、セマフォリン4Dの受容体、Plexin-B1はR-RasのGAP活性を示して軸索反発作用を発揮する」

根岸 学 (京都大学・大学院生命科学研究科・生体システム学分野)

 1、 研究の背景
 学習や記憶などの複雑な脳機能を可能にしているのは、神経細胞が神経突起を伸ばし、互いに接着することにより形成される複雑な神経回路の存在による。通常、神経細胞は細胞体から1本の軸索と複数の樹状突起を伸長する。軸索は様々な軸索ガイダンス分子に導かれて伸長し、目的のターゲット細胞に到達し、シナプスを形成し、複雑な神経回路を形成する。この神経回路網の基本構造はかなり正確で厳密にできており、それを可能にしているのは軸索ガイダンス分子の誘導作用である。現在までに様々な軸索ガイダンス分子が発見されており、そのガイダンス作用から大きく分けて2つのグループに分けられる。1つは軸索に対し反発作用を示す分子で、semaphorin(Sema)ファミリー、ephrinファミリーやSlitなどがある。他方は誘引作用を示す分子で、netrinやNGL-1などが知られている。軸索ガイダンス分子は、神経細胞膜上にあるそれぞれに特異的な受容体に結合し、細胞内にシグナルを伝達する。現在までに様々なガイダンス分子の受容体がクローニングされ、その分子構造が明らかにされてきたが、どのような機構で軸索ガイダンス作用を発揮するのか、その分子機構はまだ不明な点が多い。
 Semaファミリーは線虫からヒトまで幅広く種を超えて存在する反発作用を示すガイダンス分子である1)。Semaは現在までに7つのクラスに分類されており、その中で特にSema3とSema4のクラスが最もよく研究されている。クラスにより、分泌型と細胞膜結合型があり、Sema3は分泌型で、Sema4は細胞膜1回貫通型である。しかし、Sema4Dはプロテアーゼにより切断されて分泌型になるという報告がある。今までに、Semaの受容体のいくつかが同定されており、4つのサブグループ、Plexin-A、B、C、Dに分かれる。Sema3はneuropilinという細胞内領域が極めて短い分子に結合し、neuropilinがPlexin-Aと会合し、Plexin-Aの細胞内領域を介してシグナル伝達を行う。一方、Sema4DはPlexin-B1に直接結合し、細胞内に情報を伝達する。Plexinファミリーの中で、その細胞内情報伝達機構の研究が最も進んだのは、Plexin-Bである。Plexin-BのC末端には、PDZ結合モチーフがあり、最近、低分子量G蛋白質のRhoAの活性化因子(GEF)の1つ、PDZ-RhoGEFがPlexin-BのC末端に結合し、RhoAを活性化して退縮作用を発揮することが示された2)。しかし、Plexin-BのC末端のPDZ結合モチーフは他のサブグループPlexin-A、C、Dには存在せず、また、Plexin-Bでもほ乳類にはあるが、ショウジョウバエや線虫のPlexinにはなく、PDZ-RhoGEFによるRhoA活性化は、Plexinファミリー全体の反発作用の普遍的な分子機構とは考えられなかった。Plexinファミリーの細胞内領域には種を超えてよく保存されている2つの領域、C1とC2がある。この配列は、低分子量G蛋白質の活性抑制分子であるGAP(GTPase activating protein)と低いながら相同性があることが以前から知られていた。しかし、この領域がどのように機能発現に関わるかは全く不明であった。

 2、研究の概要
 RhoファミリーG蛋白質は細胞骨格の重要な調節分子であり、様々な軸索ガイダンス分子の機能発現に深く関わっていることが示されてきた3)。我々は、RhoファミリーG蛋白質の中で、脳・神経系に特異的に発現しているRnd1の神経機能を明らかにするため、Rnd1に結合する分子を、酵母のtwo-hybrid法を用いてスクリーニングし、Plexin-Bの細胞内領域に結合することを見いだした4)。また、他のグループがRnd1がPlexin-Aにも結合することを示したことから、Rnd1がPlexinファミリーに幅広く結合することが推察された。Rnd1は他のRhoファミリーG蛋白質と異なり、常時活性型で、安定に常にPlexinに結合している。Rnd1の中枢神経系での発現を調べると、胎生20日頃から発現し始め、生後14日から20日頃高い発現がみられ、その後減少する5)。発現は脳の広い範囲で見られ、特に、大脳皮質や海馬の錐体細胞や、小脳のプルキンエ細胞に極めて強く発現していた。このことから、Rnd1が神経回路形成期にこれらの神経細胞で何らかの役割を果たしていることが推察された。Plexin-B1の細胞内領域で、Rnd1の結合部位は、C1とC2に挟まれた領域にあり、その領域内にあるRacやCdc42の結合部位であるCRIB配列に似たCRIB様ドメインに変異を入れると、Rnd1は結合出来なくなる。ところで、C1とC2はGAP様の配列を持つが、近年、低分子量G蛋白質の様々なGAPの結晶構造解析が行われ、G蛋白質との結合様式が明らかにされてきた6)。その結果、GAPで共通によく保存されている、Arg残基を中央に含む7残基で構成されたArgモチーフが2つ存在し、このprimary Argモチーフとsecondary Argモチーフがブリッジを形成してG蛋白質に結合し、GTPase活性を促進することが明らかにされた。そこで、Plexin-B1の細胞内領域の配列を詳細に解析すると、primary Argモチーフ様の配列がC1に、secondary Argモチーフ様配列がC2に存在することがわかった。このことは、Plexin-B1の細胞内領域が実際に低分子量G蛋白質のGAPとして機能する可能性を示唆する。さらに、C1とC2の間にRnd1の結合部位があることから、Rnd1の結合が、このGAP活性発現の調節に決定的な役割を果たしている可能性が考えられた。次に、Plexin-B1がどの低分子量G蛋白質のGAPであるかであるが、Plexin-B1が反発作用を示すことから、R-Rasに対するGAPではないかと推定した。それは、R-Rasがインテグリンを活性化して細胞の移動の促進に関わることが知られていたので、軸索の成長円錐の伸長に、R-Rasが促進的に働き、Plexin-B1がその活性を抑制することにより、反発作用を示すのではないかと推定した。そこで、Plexin-B1のR-Rasに対するGAP活性を調べた結果、in vivo及びin vitroでR-Ras GAP活性を示し、この活性発現にRnd1のPlexin-B1への結合が必須であることがわかった。また、他の低分子量G蛋白質、H-RasやRhoファミリーG蛋白質などに対しては全くGAP活性を示さず、R-Rasに特異的なGAP であった。次に、Plexin-B1のR-Ras GAP活性が、軸索の反発作用を引き起こすのかPC12細胞や初代培養海馬神経細胞で調べた。Plexin-B1のGAP活性を欠損させた変異体やRnd1の結合出来ない変異体ではSema4Dによる神経突起の退縮が起きないこと、また、常時活性型のR-Ras-QLやsiRNAによる内在性のRnd1ノックダウンがSema4Dによる神経突起の退縮や成長円錐の消失を阻害したことなどから、図1に示すようにPlexin-B1-Rnd1複合体によるR-Ras GAP活性がSema4D-Plexin-B1による反発作用に必要であることがわかった。Plexin-B1の細胞内領域のR-Ras GAPドメインは他のPlexinでもよく保存されているので、Plexin-Bと共によく研究されているSema3A-Plexin-AのシグナルにおけるR-Ras GAPの関与を調べ、初代培養海馬神経細胞においてSema3Aによる成長円錐の消失もR-Rasの活性抑制が必須であることがわかり、R-Ras GAPがPlexinファミリーの普遍的な情報伝達経路である可能性が推察された。

図1Sema-Plexinによる軸索反発作用の細胞内情報伝達経路
Plexinの細胞内領域、C1とC2はR-Rasに対するGAPであり、Rnd1が結合した複合体でR-Ras活性を抑制し、神経軸索の反発作用を発揮する。Sema:Sema様ドメイン、Ig:イムノグロブリン様ドメイン

 3、課題・展望
 R-Rasの細胞機能とその分子機構はあまりよく分かっていないが、細胞膜の伸展や細胞の前進などに重要な役割を果たしていることは間違いないと思われる。Plexinは神経細胞を含めた様々な細胞の運動を制御していることが示されているので、軸索の反発作用に加え、神経細胞の移動の制御もR-Ras GAP活性を介して行われていることが十分に予想される。ところで最初に述べたように、Plexinの細胞内領域のC1とC2のR-Ras GAPドメインは種を超えてよく保存されているので、R-Ras GAP活性がPlexinの反発作用発現の主要な情報伝達機構であると予想出来る。しかし、C1とC2に挟まれたRnd1の結合領域はPlexinファミリーの中であまり保存されておらず、さらに、ショウジョウバエや線虫にはRnd1に対応するG蛋白質が存在しないので、Rnd1によるPlexinのR-Ras GAP活性の調節機構は哺乳類などに限局されたものの可能性が高い。そのようなPlexinでは、他のRhoファミリーG蛋白か、あるいは全く別の活性調節機構が関わっているのかもしれない。現在までに、軸索ガイダンス分子の受容体を含め、増殖因子や分化因子などの多くの受容体の細胞内情報伝達機構が明らかにされてきたが、低分子量G蛋白質のGAPを直接コードしている受容体はPlexinが初めてのケースである。今後、様々な軸索ガイダンス分子の受容体の機能が分子レベルで明らかにされることにより、複雑な神経回路形成の仕組みが次第に明らかになってくるだろう。


文献

1) Pasterkamp R J, Kolodkin A L. Semaphorin junction: making tracks toward neural connectivity. Curr Op Neurobiol 13: 79-89, 2003

2) Swiercz J, Kuner R, Behrens J, Offermanns S. Plexin-B1 directly interacts with PDZ-RhoGEF/LARG to regulate RhoA and growth cone morphology. Neuron 35: 51-63, 2002

3) Negishi M, Katoh H. Rho family GTPases as key regulators for neuronal network formation. J Biochem 132: 157-166, 2002

4) Oinuma I, Katoh H, Harada A, Negishi M. Direct interaction of Rnd1 with Plexin-B1 regulates PDZ-RhoGEF-mediated Rho activation by Plexin-B1 and induces cell contraction in COS-7 cells. J Biol Chem 278: 25671-25677, 2003

5) Ishikawa Y, Katoh H, Negishi M. A role of Rnd1 GTPase in dendritic spine formation in hippocampal neurons. J Neurosci 23: 11065-11072, 2003

6) Scheffzek K, Ahmadian M R, Wittinghofer A. GTPase-activating proteins: helping hands to complemet an active site. Trends Biochem Sci 23: 257-262, 1998