病理専門医資格を担保した 基礎研究医養成

概要

平成29年4月文部科学省は基礎医学を志す医師の減少に歯止めをかけるとともに、我が国の国際競争力を強化するため、各大学が連携し、キャリアパスの構築までを見据えた体系的な教育を実施する取り組みを支援することにより、病理学や法医学などの分野における基礎研究医のさらなる確保や基礎研究の強化を図ることを目的に“基礎研究医養成活性化プログラム”を公募した。

確かに病理専門医は不足しているが、基礎研究医の不足はさらに深刻で、医学系大学院における基礎系のMDの割合は8.9%に止まっており、基礎医学論文数も2000当時、アメリカに次いで第2位であったのに、2014年には中国、英国、ドイツに抜かれて第5位に後退している。そこで“基礎研究医”を養成しようというのが本プログラムの趣旨だが、このプログラムの特徴は“病理学”と“法医学”に重点をおいている点である。そもそも全ての医学研究の基本は病理学にあると言っても過言ではない。いくら最先端の技術を駆使した基礎医学研究であっても、病態をあるがままに捉える病理形態学的な視点が不足した研究は疾患研究としては包括的な視点に欠ける。とは言っても、医学部卒業生(MD)が基礎医学研究者になる場合、現行の制度では卒業後すぐに、ある大学の特定の大学院研究室を選択して所属する決断をしなくてはならず、現実にそれができる MDはごく少数だろう。その結果、基礎医学研究に興味があるMDでも、初期研修+後期研修の臨床修練を受ける過程で基礎研究医になる機会を逸してしまう。

一方、病理専門医は日常的に形態学を駆使して疾患の本質を捉え、疾患の診断を行なっている。そこで、病理形態学を学ぶ若き病理医こそこのプログラムの最も理想的な対象であると考えた。

筑波大学は自治医科大学、獨協医科大学と連携して“病理専門医資格を担保する関東3大学連携基礎研究医養成プログラム”を実施することになった。我々が提示したプログラムの概略は図1に示す通りだが、少し説明したい。

1.

本プログラムの最大の特徴は“病理学研究室”と“病理以外の基礎研究室”が協働して学生を養成する点にある。学生は病理学的な素養をもとに色々な基礎医学教育を受けることができ、基礎研究医としての幅広い視点を養うことが可能になる。

2.

基礎研究テーマを決定するまでに“基礎研究テーマショーケース”で色々な基礎研究室での研究内容を学習、経験することを可能とする。学生は自分の所属する研究室を選択する“研究モラトリアム期間”を与えられる。

3.

連携大学間はもとより、研究モラトリアム期間、あるいは基礎研究室配置後も連携国際硏究機関である”国立台湾大学”や国内の連携大学院(筑波大学)でもある国立がん硏究センターに短期派遣することができる体制を作る。学生はより国際的な視野を持つことが可能となり、自身の硏究の幅を広げることが可能になる。

4.

各大学の病理学教室+大学附属病院病理部が協力し、修業期間中、継続的に病理診断トレーニングを行い、コース修了後には全ての学生は“病理専門医”受験資格を得る、あるいは本コースが“臓器別病理専門医”として認定することを可能にする。

5.

卒後3年目以降(初期研修終了後)を対象にした病理アカデミックレジデントコース自治医科大学アカデミックコース、卒後6年目以降(後期研修終了後)を対象にした社会人大学院病理コースの3つのコースを用意する。初期研修終了後すぐに本コースに入学できるばかりでなく、後期研修を終了し、臨床の専門医の資格を得た後でも基礎研究医への道を開く。

6.

本プログラムでは、「診断病理医の不足」「基礎研究医の不足」の解消が1つの目的であるが、「病理診断医」は必ずしも「基礎研究医」でないことから、根本的解決にならない可能性が危惧される。そこで、我々がこのプログラムで提案する新しい試みが“臓器別病理専門医”である。具体的には、「このプログラム関連病院においては病理専門医の指導下で病理診断をする事ができる」資格である。この制度により、病理診断の一部を臓器別病理専門医が担うことができ、病理診断医不足の解消につながる。

「病理専門医」と「臓器別病理専門医」との関係は、“病理診断”だけについて言えば臓器病理専門医は病理専門医の一部のような印象を与えるが、総合的には並列と考えている。つまり、「全ての臓器について造詣が深い」事を“病理専門医”とするならば、「その臓器についての全てに造詣が深い」事が“臓器別病理専門医”である。「その臓器についての全て」とは、「臨床・病理・基礎の全て」という意味であり、まさに医師であって基礎研究者でもある、このプログラムで求められている人材と考えている。

以上、このプログラムの目指すところは、

  • 1)病理専門医の資格を持つ(病気の本体を理解する能力を持つ)基礎研究医を養成すること、
  • 2)“臓器別病理専門医”の養成を試みること、の2つである。

前者は分かりやすいが、後者についてさらに解説したい。日本専門医機構が正式に認めている“病理専門医”は日本病理学会が実質的に保証している制度で教育された“病理専門医”である。病理専門医は全ての臓器について正確に診断する能力を持つ診断医であるが、我々の提唱する“臓器別病理専門医”は呼吸器病理専門医、消化器病理専門医などを想定している。“病理専門医”制度が軌道にのるに従って、病理専門医以外のMDは顕微鏡を覗く機会が極めて減っているのではないかと危惧している。呼吸器なら呼吸器の専門病理医がいてもいいのではないかと考えたのがこの発想である。形態学の素養を持つ基礎研究医(臨床からの転向であっていいのではないだろうか?)が育つことを願っている。

ご挨拶

基礎研究医養成活性化プログラム“病理専門医資格を担保した基礎研究医養成プログラム” 千葉 滋

  • 人間総合科学研究科 副研究科長
  • 人間総合科学学術院 副学術院長
  • 筑波大学医学医療系教授

我が国における基礎医学研究医を目指す医師の減少に歯止めをかけるとともに、我が国の国際競争力を強化することは喫緊の課題である。この目的のためキャリアパスの構築までを見据えた体型的な基礎医学教育を実施する取り組みである“基礎研究医養成活性化プログラム”(大学院教育プログラム)がスタートした。本プログラムもその一つで、筑波大学、自治医科大学、獨協医科大学が協働して取り組むものである。プログラム名を“病理専門医資格を担保した基礎研究医養成プログラム”とした。全ての医学研究の基本は病理学にあると言っても過言ではない。本プログラムでは、病理形態学的な視点を基盤として包括的な視点を持った基礎医学研究医の養成を目的としている。一方で、基礎研究医がその興味を創造的な研究に展開していくには、生活を支える安定した収入が必須である。基礎研究教育と並行して行われる病理専門医教育は本プログラムの大きな特徴だが、ここには基礎研究医の経済基盤を確立するという副次的な目的が含まれている。本プログラム終了時には日本病理学会が行う病理専門医試験の受験資格を得ることが可能である。病理専門医としてのプロの目を持った基礎研究医が数多く育つことを願ってやまない。

自治医科大学 病理学 教授 仁木 利郎

病理学は、細胞生物学、分子生物学的な基礎研究から、症例解析による臨床病理学的研究まで、幅広い領域をカバーした奥行の深い学問です。本コースでは、はじめに病理標本を観察することにより、さまざまな疾患の形態学的な特徴を把え、その背景にある分子レベルの異常について考える力を養成します。研究テーマについては、統合病理学、人体病理学、病理診断部の3部門が専門性を生かした研究を行っており、また他の研究室での研究も可能となっています。それぞれの興味に応じて柔軟なコースの選択も可能ですので、ぜひ意欲あるみなさまのご来訪をお待ちしています。

筑波大学 医学医療系教授 野口 雅之
  • 事業推進プロジェクトサブリーダー
  • 教育プログラム開発・編成担当
  • 事業推進委員会副委員長

本プログラムは複数ある“基礎研究医養成活性化プログラム”の中でも、筑波大学、自治医科大学、獨協医科大学が協働して取り組む大学院教育プログラムで、プログラム名を“病理専門医資格を担保した基礎研究医養成プログラム”とした。基礎研究医の減少に歯止めをかけるための実践的なプログラムである。具体的には診断病理学を基盤として、多くの基礎研究グループの支援を受けて基礎研究医を養成するもので、学生には本人とって興味ある研究室を選択するために初年度に研究モラトリアムの時間を与える。2年度から選択した基礎研究室での研究を行うことになるが、一方で各大学の附属病院において診断病理学の修練も同時に積む機会も与える。このようにして病理形態学的な包括的な視点を持つ基礎研究医を養成したい。本プログラム終了時には日本病理学会が行う病理専門医試験の受験資格を得ることが可能である。本プログラムは基本的に初期臨床研修を終了した医師を対象にしているが、その他に“社会人大学院病理コース”として後期臨床研修終了後の医師を対象にした教育プログラムコースも用意している。基礎研究に情熱を燃やす多くの医師に集まってもらえることを祈念している。

獨協医科大学 病理学 教授 矢澤 卓也

獨協医科大学には、基礎医学講座としての病理学、臨床医学講座としての病理診断学が配置されており、病理専門医取得に向けた病理診断トレーニングは病理診断学講座のスタッフが担当する病理診断科で、病理学領域の研究は主に病理学で行うことになります。また本学には、病理学に加え、独創的な研究を行っている13の基礎医学講座があり、本プログラムに参加する大学院生に広く研究の場が用意されています。病理学は疾患の実像を形態面から客観視できるという強みをもった医学分野であり、病理診断トレーニングを行うことによる多種多様な多数の疾患の実像観察を通じ、大学院生の皆さんにリサーチマインドが醸成され、やがてその情熱が質の高い基礎医学研究へと展開されていくことを期待しています。どうぞ獨協医科大学にいらして下さい。そして壬生の地で、思う存分研究生活を満喫して下さい。

プログラムの流れ

自治医科大学
  • 呼吸器、消化器領域の専門性
  • 形態・分子両面からの研究
  • ガンの微小環境研究
  • 臨床との密な連携
筑波大学
  • 肺癌、腎血管病理学のメッカ
  • トランスボーター医学研究拠点
  • グローバルな大学院教育
  • 国内外とのe-learning実績
獨協医科大学
  • 各基礎医学講座が推進する独創的研究
  • 地域密着型法医学講座

大学病院や関連病院からは卒後6年目以降後期研修終了後(臨床専門取得済み)の方々、筑波大学医学郡医学類、自治医科大学医学部、獨協医科大学医学部、他大学医学部からは卒後3年目以降初期研修終了後の方々

社会人大学院病理コース、病理アカデミックレジテントコース、自治医科大学病理アカデミックコースで、継続的な病理診断学のトレーニングを行っていきます。研究モラトリアム期間1~2年目の特徴は以下です。

特徴1

研究テーマショーケース

筑波大学 免疫・ニューロ・ゲノム・感染
自治医科大学 免疫・生化・法医
獨協医科大学 免疫・法医
  • 複数大学の複数基礎研究室の多様性ある研究内容、講義をICT技術を駆使して公開
  • 学習&進路マッチングに利用

特徴2

基礎研究医基盤教育

研究倫理、情報リテラシー、英語論文執筆、英語研究発表に関する充実した基盤教育を行い、グローバルに活躍する研究力を養成

その後研究テーマ決定

特徴3

研究テーマ ジュースボックス

研究テーマ、研究の場を選択する際には、連携大学内のどの基礎研究室にも所属できる柔軟性を担保

研究トレーニング期間 2~4年目の特徴は以下です。

法医学分野、生化学分野ニューロサイエンス分野、ゲノム医学分野、免疫学分野、感染生物学分野など

特徴4

つくばバイオバンク・ヒト組織診断センター

取集されたヒト検体を用いて個々の研究を推進するばかりではなく、ヒト臨床検体を適切に管理・保存し、倫理基準に則って有効に研究利用できる基礎研究医を養成

基礎研究医 with

特徴5

病理専門医資格 臓器別病理専門医資格

  • 資格を持つことで生活基盤の安定が得られる。
  • 病理専門医ーすべての臓器に造詣が深い。
  • 臓器別病理専門医ー臓器別の全ての研究分野に造詣が深い。