活動報告

   

<夏のワークショップ>
日時
平成15年8月25日(月)〜26日(火)
場所
NASPA ニューオータニ(越後湯沢)
(プログラム)
8月25日(月)
テーマ:Genes and Cognition II
13:00-13:10 開会の辞 井原康夫(先端脳代表者、東京大学・大学院医学系研究科)
13:10-14:10 小林和人(福島医科大学・医学部附属生体情報伝達研究所)
「イムノトキシン細胞標的法による特異的神経細胞破壊:その可能性と将来展望」
14:10-15:10 真鍋俊也(東京大学・医科学研究所・神経ネットワーク)
「認知・学習・記憶の基礎過程としてのシナプス可塑性:現状と将来展望」
15:10-15:30 休憩
15:30-16:30 宮川剛(京都大学・大学院医学研究科・先端領域融合医学研究機構)
「部位特異的ノックアウトマウスを用いた認知・学習・記憶研究の現状と将来展望」
16:30-17:30 澤明(Department of Psychiatry and Neuroscience, Johns Hopkins University)
「精神疾患の生物学的研究:現状と展望」
17:30-18:30 西川徹(東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
「統合失調症の分子病態へのアプローチ:現状と将来展望」
18:30-18:40 閉会の辞 丹治順(東北大学・大学院医学系研究科)
18:50-21:00 懇親会
8月26日(火)
9:00 -12:00 A01班班会議(シリウス)
9:00 -15:00 A03班・A04班合同シンポジウム(A会場)
9:00 -12:15 A02班・B01班合同班会議(B会場)
9:00 -17:00 B02班・B03班合同班会議(C会場)

 報 告

・夏のワークショップ報告:青崎敏彦先生(東京都老人総合研究所・神経回路動態研究グループ)
  -2003年「先端脳」夏のワークショップに参加して-

今年も「先端脳」の夏のワークショップに参加させていただき、異常な長雨からようやく暑さの戻った夏のひと時を有意義に過ごさせていただいた。どの講演も世界をリードする最先端のお話で、我々は今実に面白い時代に生きているのだなということを実感させるものであった。ここでは私の専門に多少とも近いという理由から特に小林和人先生(福島県立医科大学・生態情報伝達研究所)と真鍋俊也先生(東京大学・医科学研究所)の講演についてその概略をご紹介したい。
 8月25日に行われたワークショップのトップバッターは小林先生の講演で、演題は「イムノトキシン細胞標的法による特異的神経細胞破壊:その可能性と将来展望」であった。イムノトキシン細胞標的法は遺伝子発現の特異性に基づいて神経回路から特定のニューロンあるいは特定のpathwayを誘導的に除去する方法で、神経回路の仕組みを解析するときにきわめて有効な方法である。その原理はヒトのInterleukin-2 receptorのαサブユニット(IL-2Rα)をtransgeneとして用い、特異的なpromoterを使ってある特定の神経細胞だけにこのIL-2Rαが発現する動物を作成する。この動物にイムノトキシンを投与してやると、このIL-2Rαを発現した細胞だけが選択的に除去されるというものである。この方法は感度が高く、どの程度cell ablationが起こるかはIL-2Rの発現量とイムノトキシンの投与量に依存している。破壊には2−3日かかるが、投与の時期や方法、投与部位を工夫すれば、ある神経回路においてある特定の神経細胞型がどのような役割を演じているのかを知ることができる。
 大脳基底核は言うまでもなく、パーキンソン病やハンチントン病などの責任病巣で運動制御の重要な中枢のひとつである。大脳皮質からの行動指令は主として線条体に入るが、線条体には大脳基底核の出力部である淡蒼球内節(げっ歯類では脚内核)および黒質網様部へ「直接」投射するニューロンがあって、その経路は直接路(direct pathway)と呼ばれている。一方、淡蒼球外節(げっ歯類では淡蒼球)に投射するニューロンも線条体にあって、そこから視床下核を経て淡蒼球内節と黒質網様部の出力部に至る経路もある。これは出力部に至るまでに二つの核を経由するので間接路(indirect pathway)と呼ばれている。このふたつのpathwayの活動が基底核の出力部でどうぶつかり合うかが、現行の基底核の神経回路モデルの中核をなしている。視床下核は例えばパーキンソン病ではその活動が亢進するではないかと考えられており、最近の脳深部刺激療法も刺激によってその活動を逆に落とすことが症状の改善につながっている。
 さて、小林先生の講演ではイムノトキシン細胞標的法を用いた三つの研究についてのお話があった。一つ目は、間接路の起始部をなす線条体の投射ニューロンとインターニューロンであるコリン作動性ニューロンのcell ablationである。両者ともD2受容体を持っているので、そのことを利用してこの2種類の細胞の除去を行なった。観察された行動上の変化は、マウスの自発運動量そのものの亢進で、イムノトキシンを片側線条体へ投与した場合は破壊と反対側への回転運動が見られ、引き続きドーパミンアゴニストを投与すると今度は同側の回転運動へのスイッチングが見られた。なぜ、このような変化が起こったかを検索するために、線条体黒質路の活動性の変化をサブスタンスPおよびD1受容体の発現量、淡蒼球の場合はGABA合成酵素のGAD67,視床下核はcytochrome oxidaseの代謝活性、ドーパミンアゴニストの効果はそれぞれの核でのc-fosの発現量の変化をそれぞれの指標として調べたところ、結論として、間接路の細胞の破壊によって淡蒼球の活動が亢進し、視床下核の活動が低下して、その結果出力部の活動が低下(つまり視床の抑制の減弱)したために自発運動量が増加したと考えられた。ところが、面白いことにドーパミンアゴニストを投与すると線条体黒質路(直接路)の活動はコントロールと比べると低下していた(つまりc-fosの発現量は減少していた)。従って、これによって上記回転運動の方向の変化が起こったと考えられる。ところがcell ablationは同時にコリン作動性ニューロンも除去しているわけで、これは正常では直接路細胞を抑制しているらしいので、その抑制の解除が起こったとすると方向がまったく逆になり直接路の活動は逆に亢進しなければいけない。結局、結果を行動の変化に照らし合わせて解釈するなら、同時に消滅した間接路細胞が直接路の細胞に何らかの促進的な影響を与えているものと判断せざるを得ない。だとすると、これはまったく新しい回路メカニズムである。実は、現在通説として流布しているモデルはかなり単純化したモデルで、もともと多くの矛盾を内包したものである。つい最近にもその矛盾のひとつを解消するモデルの提唱がTrends in Neuroscienceでなされたばかりで、小林先生たちのように細かく細胞レベルで現行モデルの検証を行っていくと、さまざまな矛盾点が浮き彫りになってくるに違いない。なぜこのような結果になったかは今後の問題であるが、より詳細なモデルを構築していくためのいい突破口になるに違いない。
 二つ目の研究は線条体のGABAインターニューロンのひとつ、ソマトスタチン細胞を除去し、その機能を探るというものであった。実はこの細胞が線条体で何をしているのかについてはin vivoはおろかin vitroでもこの細胞からの生理学的な記録が非常に困難なためまだほとんどわかっていない。もともと線条体の中のわずか数パーセント弱を占めるに過ぎないこのインターニューロンがなくなったとしても、何らかの変化が行動に現れてくるとは普通は考えられない。ところが、驚いたことに小林先生はこの細胞の除去後自発運動の亢進と反対側への著名な回転運動が起きたことを報告しておられた。この細胞が具体的にどのようなメカニズムでこのような変化を起こしたかについてはこれからの問題であるが、ソマトスタチン細胞の果たす役割は我々の想像以上に大きなものであるようだ。
 三つ目は、視床下核ニューロンの破壊である。これは先述のように最近のパーキンソン病の脳深部刺激療法に応用されていて、パーキンソン病様症状の劇的な改善をもたらすことが知られている。結果は、出力部の黒質網様部の発火頻度が著名に減弱して自発運動の亢進とドーパミン誘導性運動の低下が見られたということであった。視床下核はグルタミン酸を伝達物質とする出力を淡蒼球(外節)と出力部すなわち黒質網様部/淡蒼球内節(脚内核)双方に出すので、解釈としては、視床下核は自発運動に対しては出力部への興奮性入力が優位となって抑制的に働くが、ドーパミン負荷時には淡蒼球への興奮性入力が優位となって出力部を結果的に抑制し、結果的に運動の亢進を招くと考えられるということである。これもまたユニークな解釈でどうしてそのようなスイッチングが起こるのか、詳細な細胞学的な検討が必要であろう。
 いずれにしても、いまだに不完全な現行のモデルをより現実に沿うものに改善し、的を得たよりよい治療法を生み出していくためには神経回路を構成する個々の細胞種の役割の同定を通してそのモデルをより精緻なものに発展させていくことがどうしても必要であると思われる。
 ワークショップの2番手は真鍋先生のお話で、テーマは「認知・学習・記憶の基礎過程としてのシナプス可塑性:現状と将来展望」であった。最初に陳述記憶の座である海馬の役割についての導入的なお話をいただいた後、グルタミン酸受容体の中でも特にNMDA受容体に焦点を絞ってそのシナプス可塑性における役割についてお話をしていただいた。NMDA受容体は言うまでもなくイオン透過型受容体のひとつで、長期増強のinductionに必要であるが、そのサブユニットにはNR1(ζ1)とNR2A-NR2D(ε1-ε4)の5つが知られている。成熟マウスの海馬のCA1野に発現しているのはNR1(ε1)とNR2A(ε1)、NR2B(ε2)の3種類だが、このうちNR1(ζ1)は胎生期から常時発現している必須のサブユニットである。これに対し、NR2A(ε1)は出生後に発現し、NR2B(ε2)は胎生期から発現がある。真鍋先生らは、NR2A(ε1)とNR2B(ε2)それぞれのconventionalなノックアウトマウスを使ってこれらのサブユニットがシナプス可塑性においてどのような役割を果たしているのかを調べておられた。
 ε1のノックアウトマウスではAMPA/NMDA電流比から、相対的にNMDA電流が半分に減少しており、長期増強も小さくなっていた。個体レベルの変化を水迷路学習によって調べてみると、プラットフォームを見つけるまでの時間が長くなっていて、記憶の障害があるらしいことが見て取れた。従って、ε1サブユニットは記憶形成に必要らしい。
 ε2のノックアウトの場合は、生後すぐにマウスが死ぬため、哺乳しながらの実験であったが、変化の見られないAMPA電流とは対照的にこのマウスではNMDA電流はまったく見られず、海馬で生後2週以内において普通に見られる長期抑圧もまったく観察されなかった。このことから、ε2は幼弱期の長期抑圧に必須のサブユニットで、固体の生存に必要なサブユニットであるということであった。
 次にH-Rasのノックアウトマウスのお話があった。RasにはH、N、Kの3種類があるが、このうち海馬などの中枢神経系に著明に発現してphenotypeに変化があったのはH-Rasのノックアウトマウスであった。既にチロシンリン酸化がNMDA受容体の活性化に重要であることがわかっていて、チロシンリン酸化酵素のひとつであるSrcをピペット内に入れてNMDA電流を記録すると、電流が大きくなることが知られている。そこで、H-Rasのノックアウトマウスを使って調べてみると、やはりチロシンのリン酸化のレベルが1.5倍位に上がっていて、NR2Bサブユニットもリン酸化が上昇していた。電気生理の結果もNMDA電流が1.4から1.5倍くらい増加しており、面白いことに長期増強のレベルも約2倍位に増大していた。この長期増強の増大が果たして行動上学習の亢進につながっているのかについては非常に興味のあるところであるが、まだ解析中とのことであった。Rasによるリン酸化の調節の機序については現在まだ結論がついてないようである。
 次に、チロシンのどの部位のリン酸化が変わるのかについて、Src familyのチロシンリン酸化酵素のひとつであるFynを用いて更に調べたところ7つの部位が同定された。そのうち、特に1472番目がもっとも重要で、ここのチロシンをフェニルアラニンに変えるとほとんど燐酸が入らなくなった。興味深いことにこのリン酸化は生後2週以後に急激に増えるらしい。長期増強も生後2週以後から観察されるようになるので、このことがシナプス可塑性の生後発達に関係あるのかも知れないということであった。また長期増強が起こると同時にリン酸化のレベルが約1.5倍程上がることから、真鍋先生らはこれがMetaplasticityのモデル系になるのではないかと注目されているようである。
 Conventional なノックアウトマウスでは常に発生や発達の途上で思わぬところで何らかの影響があるかも知れないという不安がつきまとう。真鍋先生たちも、今後は点変異を入れてノックインしたマウスを作ることが重要で、これによって時期特異的、部位特異的な遺伝子改変マウスを作って分子の機能を調べていくべきであると言っておられた。また、複数の脳部位の相互作用を考慮した実験が大切で、現在既に点変異を導入して1472番のチロシンをフェニルアラニンに変えたマウスができているらしく、扁桃体と海馬の間の相互作用についても調べておられるようである。
 今回のワークショップでは、手続き記憶の座である大脳基底核と陳述記憶の座である海馬という二つの代表的な脳に関して、小林先生の方はイムノトキシン細胞標的法によって特異的にある神経細胞を神経回路から除去してその細胞種の役割を調べるというお話をされ、真鍋先生の方は細胞は殺さず、受容体のサブユニットなどをノックアウトすることによってシグナル伝達の分子機構を明らかにするというお話で、部位も方法も目的も異なる対照的な二つのお話を聞くことができた。いずれにしても、優れた研究をするにはひとつの方法論や技術に囚われることなく多面的なアプローチをしていくことが大事であることを実感したワークショップであった。


・夏のワークショップ報告:貫名 信行先生(理化学研究所・脳科学総合センター)
 -「精神疾患研究は新時代に突入しつつあるのか?」-

 先端脳夏のワークショップは8月25日に毎年恒例の越後湯沢において行われ、今年は合同シンポジウムにおいてGenes and Cognitionの一セッションとして精神疾患を対象とした講演が組まれたのが特徴であった。京都大学の宮川剛氏、Johns Hopkins大学の澤明氏、東京医科歯科大学の西川徹氏がそれぞれ興味深い報告をされた。
 宮川氏は「部位特異的ノックアウトマウスを用いた認知・学習・記憶研究の現状と将来展望」と題し、MIT利根川ラボで作成された、前脳特異的Calcineurin (CN)ノックアウトマウスの行動解析結果を報告した。このマウスは以前にワーキングメモリーが障害されるということで報告されていたが、それを観察していた人々からはクレージーマウスと呼ばれており、宮川氏はそのクレージー度というものを包括的な行動テストバッテリーを用いて解析した。その結果social interaction testでの接触の減少、prepulse inhibitionやnesting behaviourの障害など統合失調症に認められる所見に対応する検査所見が認められた。そこで統合失調症を、CNを中心としたシグナルカスケードの障害として考えるとかなりのことが説明がつき、かつ遺伝学的に統合失調症がCNγサブユニットをコードしているPPP3CCの多型と連鎖しているということもわかったという。宮川氏は以上の結果を弁舌さわやかに報告し、あたかも統合失調症はカルシニューリンの異常で決まりといった勢いであった。
 続いて澤氏は自身のポリグルタミン病などの神経疾患研究経歴にもとづき、精神疾患においてもより分子基盤の明確な方向でのアプローチを目指しているという。まず統合失調症は多因子遺伝と環境因子の相互作用によっておこり、臨床的に多様な、そして疫学的にもおそらく多様な症候群のようなものであり、またそれを診断するための生物学的指標に確定的なものがないことも研究を混乱させてきたと現状をとらえ、こうした状況下では、たとえ稀でもより単純化できるような臨床的モデルが必要とあるとした。そこで稀な例であるが、家族性に精神疾患の多発するスコットランドの家系でみつけられたDISC1遺伝子とその変異は、突破口としての意味あい持つと考えた。DISC1遺伝子産物の正常機能、さらには変異型の作用様式について検討し、これが神経発達、特に神経突起伸長、神経細胞の遊走に必須で、変異型はこの機能をさまたげることを見い出した。これは統合失調症でみとめられる脳の形態異常、神経発達障害仮説と矛盾しないものである。DISC1遺伝子には多くの多型があり、これらが機能に与える影響、弧発例(一般例)での統合失調症と正常群での差異などについては、現在多くの研究室が有力なデータを得つつあるという。澤氏の話でDISC1にもなかなか希望を持たされた。
 さらに西川氏は 統合失調症を原因の異なる疾患群を含むと推測され、生物学的マーカーも未確立であるため、他の疾患で成功を収めてきた遺伝子連鎖解析や候補遺伝子解析等の研究が難航しており、新たな視点を導入した分子異常の研究戦略が必要と考えている。西川氏はまず統合失調症の臨床薬理学的研究結果に基づき、薬理学的モデルの重要性を指摘した。モデルとしてはドーパミン作動薬投与モデル、NMDAレセプター遮断薬投与モデルがあり、後者は人において実際統合失調症と区別のできない症状を呈したフェンサイクリジンの投与モデルの重要性を指摘した。このような薬理学モデルの解析の過程でNMDA型グルタミン酸受容体のコ・アゴニストとして知られていたD-セリンが、統合失調症動物モデルの異常を改善する抗統合失調症作用をもつ内在性物質であって、1)脳選択的でNMDA受容体R2Bサブユニットと酷似した分布と、2)臨界期以降に成熟動物型の脳内濃度および分布パターンが出現する生後発達を示すことを見出した。また西川らは発達神経科学的視点から精神機能に関与する新規分子あるいは既知分子の新規脳内機能を見出すことにより、統合失調症の分子病態を明らかにしようとしている。統合失調症およびそのモデルと考えられる統合失調症様症状発現薬による精神症状や動物の行動異常が、一定の発達期(臨界期)以降に出現することから、少なくとも一群の統合失調症は特定の神経回路に含まれる分子カスケードの機能的発達の障害に起因すると仮定し、異常を来す分子の候補として統合失調症様症状発現薬への応答や基礎的発現が臨界期と関連した発達変化を示す分子を探索してきている。西川氏の報告は内在性D-セリンの同定のように世界に先駆けたきわめて重要なものも淡々と話され、宮川氏、澤氏の若手のぎらぎらした雰囲気とは異なる円熟した印象を与えた。
 私は神経内科医としてのバックグランドから精神科領域には深い関心を抱いているが、今回の講演で精神疾患研究も新たな段階に入りつつあることを実感した。神経疾患研究においてはハンチントン病のようにそれまでの研究がゲノム研究によって一新されてしまったものもあるが、一方アルツハイマー病研究においてはそれまでのβ蛋白、タウ蛋白の研究が、遺伝学的に新に同定された遺伝子PS1などの機能とも密接に関連していた。精神疾患研究が今後ゲノム情報によってどのような変貌を遂げるかは、簡単には予想できないが、本ワークショップからの印象は、現在までに得られている精神疾患とシグナルカスケードの関連のなかに、新に同定される遺伝子が関連づけられていくのではと思われた。折しも理研脳センターの加藤忠史氏の双極性障害の関連遺伝子としてのXBP1の同定(Nat Genetics に発表)は、こんな分子が関連しているのかと思わせる反面、これまでの本症への薬理学的効果との関連性を説明できる面もあり、本ワークショップの報告とともに精神疾患研究の新時代の方向を示していると思われた。
 今年のワークショップは全体としても私としてはそれぞれ非常に面白く勉強になり、プログラムを組まれた関係者のご努力に感謝したいと思う。


・A03班, A04班合同シンポジウム:西村 正樹先生(滋賀医科大学・分子神経科学研究センター)
  -A03班, A04班合同シンポジウムから-

 今年は二つのテーマが立てられた。前半は「家族性パーキンソニズム・シヌクレオパチーの新展開」。先行するアルツハイマー病研究から学べることは、脳内の異常蓄積構造の蛋白解析と家族性症例の遺伝子解析という二方向からのアプローチは孤発例にも通底する分子病態の解明に有力であったということだろう。パーキンソン病(PD)および周辺疾患を含むパーキンソニズム研究でも、すでに数種の原因遺伝子が同定され、細胞内封入体(Lewy小体とglial cytoplasmic inclusion (GCI))の主要な構成蛋白がα-synucleinであることも判明している。それらの解析結果からどのような分子病態が浮き彫りになってくるのか、また、それに伴い周辺疾患がどのように位置付けられていくのかが注目される。このような背景のなか、今回は遺伝的要因からの解析の近状が取り上げられたわけだ。
 最初に坪井義夫先生(福岡大)よりMayo Clinic(Jacksonville)での豊かな経験にもとづき家族性PDについてお話し頂いた。これまでPARK1〜10の遺伝子座が知られるが、これはさらに増えると予測される。このうちLewy小体の出現を認めるPARK1、3、4の家系について臨床及び病理の貴重な所見を提示された。これらはいずれも常染色体優勢遺伝形式をとるが、PARK3、PARK1、PARK4はこの順に発症年齢が低く、病変の分布も広範になっていく。PARK1はα-synucleinのミスセンス変異による一方、PARK4のIowa familyにはα-synuclein遺伝子のtriplicationが見出されたとの情報が質疑のなかで話題とされた。最も議論になったのは提示されたIowa familyの4症例の病理所見に症例間の差が目立ったことだった。多くの変性疾患では病理所見をdisease entityの柱としている。遺伝的素因を検索するなかでもサンプリングの均一性は重要であり、そこでも病理所見を最も信頼するに足る指標とする。ところが、同一遺伝子変異に起因する病理所見に大きなヴァリエーションがあり得るなら拠り所とする基準を失ってしまう。Iowa familyの解析結果の発表が待たれるが、あるいは柔軟な再考を迫られることになるかも知れない。
 次に石川厚先生(阿賀野病院)から家族性Lewy小体型痴呆(DLB)の自験2家系の提示と文献上にみられる4家系との比較がなされた。多くの例が典型的なPDとして発症し、後に痴呆をはじめジスキネジアなどの付随症状が加わるという経過をとる。病理学的にもPD病変に大脳皮質の変性とLewy小体出現が加わるのが基本となる。DLBとPDは同じ分子病態に基づく疾患スペクトラムの上に乗るのか。何がその広がりを生むのか。Iowa family(PARK4, α-synuclein gene triplication)がDLB家系として典型的とされていることは示唆に富む。
 続いて、家族性多系統萎縮症(MSA)の臨床と病理を3名の先生に解説頂いた。MSAはPDとは一線を画する疾患概念であるが、グリアに見られる封入体GCIがα-synuclein陽性であることからシヌクレオパチーとして広義の関連疾患と見なされるに到っている。MSAは従来から孤発性として知られ、家族例は散発的な報告にみられる段階であり遺伝的要因についてのまとまった知見は未だない。辻省次先生(東大)からは厚生労働省運動失調班を中心としたコンソーシアムによる脊髄小脳変性症に関する調査のうち遺伝的要因の解明に関連する項目の途中経過をお示し頂いた。日本神経学会認定医へのアンケート調査を進めておられ、これまでに複数発症者をみる11家系の存在を確認された。家族例ではMSA-C(OPCA型)に比しMSA-P(SND型)が多く、同一家系内の病型は一致することが多いなど遺伝的要因を示唆する結果が集積されつつあるようだ。MSA発症者の家系におけるPD例の有無についても調査中とのことであり、これはMSA-PとPDとの鑑別診断の困難さを予想すると同時に、MSAとPDの家系内発症が確認できた場合にはシヌクレオパチーに新たな視点を提供することになる可能性まで見据えられての着眼点である。連鎖解析と関連解析の両面からのアプローチがとられつつある。山田光則先生(新潟大)、有馬邦正先生(精神神経センター)から提示頂いた病理所見は孤発例との間に有意な差がないというものであった。PDとMSAの分子病態レベルでの関連性の解明は興味深い。
 PDの分子病態についてはどのようなシナリオに収束してくるだろうか?これまで同定された原因遺伝子にはα-synuclein、parkin、UCH-L1、NR4A2、DJ-1がある。このうち、昨年PARK7の原因遺伝子であることが判明し、注目されているDJ-1を最初にクローニングされた有賀寛芳先生(北大)からその機能と病態との関連性についてお話を伺った。DJ-1は多機能蛋白であり、@転写調節、A細胞ストレスへの防御機能、Bプロテアーゼとしての機能が予想されている。DJ-1は酸化的ストレスにより発現が誘導されるとともに自己酸化を受け細胞防御に働くなどの知見は、PD病態の酸化的ストレス説に通じそうだ。また、DJ-1の結晶解析から細菌のシステインプロテアーゼPfpIと類似性が高いことが明らかとなり、proteasomeを介さないPael-Rの分解系に働くことが示唆されてきたことは、a-synuclein、parkin、UCH-L1を取り巻く蛋白分解不全説に繋がりそうにみえる。いずれにしろ、常染色体劣性遺伝形式からはloss-of-function変異が予想されるが、L166P変異はDJ-1二量体形成を阻害して多くの機能を喪失させるらしい。新たにヘテロ接合体変異例も報告されており知見は増えつつある。酸化的ストレス説かタンパク質異化障害説か、あるいは両者の融合した分子機序がはたらくのか。この領域の進展にはここ数年目覚ましいものがある。分子病態についても遠くない将来、決着がつきそうな印象を持った。
 後半は「アルツハイマー病研究の新しい話題」として、Xianlin Han(Washington大)、池内健先生(新潟大)、内田隆史先生(東北大)からそれぞれ最新の話題をご提供頂き興味深かったが、スペースの関係で割愛させて頂く。