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筑波大学

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トップページメンバー森田准教授のプロフィール

准教授 Associate Professor

森田 展彰 Nobuaki Morita

 専門領域 司法精神医学
精神衛生学
 研究テーマ 子ども虐待・DV・犯罪・物質乱用・その他の逸脱行動に関する精神医学的研究
逸脱行動の被害者・加害者および嗜癖行動に対する精神療法
学校保健
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ショートエッセイ

2つのアビュース−Alcohol/Drug abuse(アルコール薬物乱用) とChild abuse(こども虐待)−
(「ヒューマン・ケア科学への招待」より)

 社会精神保健学グループは、様々な不適応などの社会病理現象について、精神鑑定やフィールドワークを通して原因を解明し、精神保健対策について研究しているグループです。精神医学の手法を用いますが、病院での診断・治療という枠組みにはおさまらないような、心理社会的な環境要因との兼ね合いで析出してくる精神的な問題へのアプローチを特徴としています。その点で、表題に掲げたアルコール薬物乱用や虐待は、本研究室の主要なテーマといえます。

 これら2つの問題で使われているアビュースabuseという言葉は“abnormal use = 脱した使用・扱い”を意味します。この言葉は、アルコール薬物乱用はわかりやすいですが、子ども虐待の方はわかりにくいかもしれません。子ども虐待のでいうアビュースは、子どもが健常な発達を果たしていくうえで与えられるべきケアが与えられない=「不適切に扱われている」という意味です。そういう意味では、「子ども乱用」という方が意味的には正確といえます。「虐待」という言葉を訳に当てたために、残虐な行為というイメージでとらえられがちですが、本来は、親のケアの仕方が適切であるか、それとも子どもの発達に悪影響をもたらしているかを見る必要があります。

 この2つのアビュースは、言葉の共通点のみではなく、実体的に大きな関わりをもっています。まず、アルコールや薬物乱用はこども虐待を生じる主要な危険要因とされます。具体的には、@薬や酒の急性の薬理作用による判断力の低下や衝動性の亢進および使用欲求への耽溺が養育機能を阻害すること、A慢性使用によるうつ病、精神病症状、身体問題、生活破綻が子育てを難しくすること等の理由があげられます。一方、子ども虐待がアルコール薬物乱用の危険要因になることも知られています。アルコール薬物乱用者の多くが子ども時代に被虐待経験をもつことが報告されています。虐待を受けて育つことで、感情調節機能や対人関係の障害、孤立、適応不全を生じ、そうしたつらさを物質の薬理効果により晴らすうちに依存が成立するという機序が考えられます。そして、被虐待経験や依存症を持つ人が親になれば子どもを虐待する可能性が高くなるということで、2つのアビュースは互いに強めあいながら、世代間連鎖を生じています(図1参照)。


 依存症は「慢性の自殺」であるともいわれますが、2つのアビュースの悪循環の中心にある人は、不適切に扱われて安定したケアをもらえてこなかったために、自分や他人をケアすることが難しく、自分の健康や生活や家族を (半)意図的に自分を壊してしまうのだと考えられます。昨今自殺対策が各地で行われていますが、この2つのアビュースは自殺の主要な危険因子であるとされています。ヒューマン・ケア科学という分野にとっても、こうした人たちにどのようにケアを提供し、生きる希望を示していくことは重要なテーマといえます。我々のグループでは、表1に示すようにこの2つのアビュースに関わる評価法や援助法の開発や実践を行ってきました。もちろんこうした個々のツールのみではダメで、これらを含む包括的な援助の体制が重要で、あると思います。ヒューマン・ケア科学という枠組みは、医療、看護、保健、福祉、心理、教育など多様な分野をつなぐ研究や実践を行うことができる分野であり、2つのアビュースへのアプローチを検討するのに最適なものといえます。本稿では、アビュースを取り上げましたが、これに限らず、幅広い視点から対人支援の研究や実践を行いたい人は、ぜひヒューマン・ケア科学に来てほしいと思います。