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脂肪細胞の分化メカニズム

近年、欧米諸国を中心に肥満が社会問題となっており、日本でも肥満者の割合が年々増えています。肥満は糖尿病や循環器疾患などをひき起こし、医療費の高騰にもつながるため、治療法の開発が早急な課題となっています。  我々の体内には大きく分けて2種類の脂肪細胞、すなわち白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞があります。白色脂肪細胞は皮下や内臓に分布し、体内の余分なエネルギーを脂肪として蓄積します。一方、褐色脂肪細胞は主に鎖骨付近や胸まわりに分布し、脂肪を燃焼し熱を産生する働きを担っています。ヒトでは新生児にしか褐色脂肪細胞がないと思われていましたが、最近の研究によりヒト成人にも褐色脂肪細胞が存在することが分かり、肥満の予防や治療の観点から盛んに研究が行われるようになってきました。

褐色脂肪前駆細胞の分化誘導
(A) オイルレッド O による染色
(B) 細胞の拡大写真(右はオイルレッド O により染色された脂肪滴)
(C) 分化した脂肪細胞における遺伝子発現の変化


褐色脂肪細胞にはミトコンドリアが多く、脱共役タンパク質 UCP-1 (uncoupling protein-1) の働きによりATPの代わりに熱を産生します。褐色脂肪細胞は筋細胞と同じ系統のmyf5発現細胞からできることが明らかにされており、この分化の方向決定に重要な因子としてPRDM16が報告されています。PRDM16は10個のジンクフィンガーを有する140kDaの転写因子で、褐色脂肪細胞で特異的に発現する因子の1つとして同定されました。PRDM16 の発現により、myf5 発現細胞内の遺伝子発現パターンが変化し、褐色脂肪細胞へ分化すると考えられていますが、PRDM16 の発現を引き起こすシグナルやPRDM16 の発現調節に関与する因子などについてはまだ不明な点が多く残されています。我々は、PRDM16の発現制御を含め、褐色脂肪細胞の分化初期に起こる現象を明らかにし、褐色脂肪細胞の肥満治療への応用に貢献したいと考えています。

一方、上記の古典的な褐色脂肪細胞に加えて、白色脂肪組織に混在するもう一つのタイプの褐色脂肪“様”細胞も知られています。この細胞はベージュ細胞あるいはブライト細胞と呼ばれ、白色脂肪細胞や褐色脂肪細胞と異なる独自の遺伝子発現パターンを示しますが、寒冷刺激やノルアドレナリン刺激等により UCP-1を高発現し、褐色脂肪細胞と同様に熱産生を行います。また、ベージュ細胞はIrisin という筋肉から分泌されるペプチドホルモンに高い感受性を持つことが知られています。Irisin は運動により筋肉で発現が増加し、Irisin を過剰発現させたマウスでは肥満が抑制されたという報告もあります。しかし Irisin の作用機構についてはまだよく分かっていません。最近の研究により、ヒトの褐色脂肪組織のほとんどがベージュ細胞の特徴を有することが報告されていることからも、Irisin を介したベージュ細胞での熱産生促進の機構解明は、肥満治療に重要な知見になることが期待されます。  我々は、褐色脂肪細胞およびベージュ細胞の分化メカニズムを解明し、世界的な社会問題となっている肥満の解決の一端を担うことを目指しています。