活動報告

   

<夏のワークショップ>
日時
平成14年8月23日(金)13:00〜24日(土)
場所
NASPAニューオータニ(越後湯沢)新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢2117-9
Tel: 0257-80-6111 Fax: 0257-80-6223
(プログラム)
8月23日(金) 13:00 - 19:00 全班合同(A会場)
テーマ: Genes and Cognition
13:00-13:10 「開会の辞」
井原康夫 (先端脳 領域代表者、東京大学大学院)
(座長:津本忠治 大阪大学大学院)
13:10-14:00 「遺伝子工学による中枢神経系の局所神経回路の形態学的解析」
金子武嗣  (京都大学大学院)
14:00-14:50 "Activity-dependent formation of cerebral neural circuits"
Takao K. Hensch (理化学研究所 脳科学総合研究センター)
14:50-15:20 休憩
(座長:三品昌美 東京大学大学院)
15:20-16:10 「遺伝子操作マウスの高次脳機能解析:現状と展望」
鍋島俊隆(名古屋大学医学部)
16:10-17:00 「分子生物学的脳研究と脳の高次機能理解の接点:霊長類脳研究者の立場から」
坂上雅道 (玉川大学脳研究所)
17:00-17:30 休憩
(座長:三品昌美 東京大学大学院)
17:30-18:20 「遺伝子発現から見た霊長類大脳皮質の領域特異性」
山森哲夫 (基礎生物学研)
18:20-19:00 「総合討論: 分子・細胞神経科学とシステム・理論神経科学の接点」
司会 二木宏明(理化学研究所)、丹治順(東北大学大学院)
「閉会の辞」 丹治順(東北大学大学院)
19:00-21:00 懇親会
8月24日(土)
9:00-15:00 A03・A04班合同シンポジウム(A会場)
9:00-16:00 A02・B01班合同班会議(B会場)
B02・B03班合同班会議(C会場)

「夏のワークショップ」報告

(1) 丹治  順(東北大学・大学院医学系研究科)

 「先端脳」班員の研究テーマは、脳の発生分化・発達から脳の高次機能、脳の老化と脳細胞の変性における病態に至るまで、多岐にわたっている。昨年のワークショップでは、各々の研究分野における先端的な研究の進展が個別に語られてきた。本年は企画の趣旨が変わり、異なる分野における研究の総合的な理解を進めることを目的とした。Genes and Cognition という統一テーマは、神経生物学的研究と認知機能研究という一見遠く離れた分野の研究の接点を探るという意図を表現している。
 もとよりこの「先端脳」研究班は単に個々の脳研究分野における研究活動を推進することばかりではなく、研究班全体として「21世紀の人類の脳と心の健康に寄与する成果を得る」という目標を掲げている。この目標に向けて、異分野の研究協力を視野に入れながら、新たな研究方向を探求し検討する機会を持つことが今回のワークショップの目的であった。その趣旨は、現在進行中の研究自体の検討は各研究班毎の班会議で行うこととし、ワークショップではむしろ研究の次段階の新たな展開を考えることにあったといえる。
 Translational Research というキャッチフレーズが登場して久しいが、脳の発生・分化の分野における神経幹細胞の研究には、再生医療への応用という展望が開けたことで、まさにその意味での期待が寄せられている。研究が進み、技術的に特定の細胞移植が可能となったとする。それ自体素晴らしいことではある。しかし次に必要となるのは、どのタイプの細胞を、いつ、どこに、どれだけの量を移植すれば、どのような機能が改善するかについての正確な知識である。それを知るためには、特定の細胞が神経回路にどのように組み込まれ、脳のシステム全体の中で如何に機能するかを理解する必要がある。
 多種の変性疾患の発症因子となる機能性物質やそれらを発現する遺伝子の解明が進んできた。他方脳の老化に関与する因子も解明されつつある。これらの分野における新たな発見は、それを基盤とする創薬に発展する豊かな可能性を持っている。創薬に関しては、技術的、あるいは製薬企業との関係も含んだ科学技術政策的な問題も生ずるであろう。しかしもっと本質的な問題の所在を忘れてはならない。特定された機能性物質は脳のどの領域のどの細胞にいかなる作用を有し、脳の機能にいかなる機能変化をもたらすであろうか。他臓器には無い脳の特殊性を再認識したうえで、脳の機能メカニズムを理解するという視点がこの分野の研究者にも欠かせない。
 他方、高次脳機能を研究テーマとしている研究者にとって、分子生物学的、遺伝子工学的手法による脳・神経のミクロレベルの研究成果を把握し、統合的な研究を目指すことが望まれることも当然であろう。
 以上の企画趣旨を念頭に今回のワークショップを拝聴した。演者はいずれも先端的な研究を紹介していただいたので聴きごたえもあり、多領域を包含する研究の現状が理解できたという点で意義はあったと思う。次回の企画では、異分野の研究手法を統合した研究の実践をより具体的に論じ、可能性と問題点を議論することに期待したい。一例をあげれば、“遺伝子工学的手法を用いたCell Targetingによる脳高次機能解明の可能性“など、魅力的なテーマは少なくなかろう。班員各位のご提案をお寄せいただきたい。

(2) 福田敦夫(浜松医科大学・生理学第一講座)

‐ 「Genes and Cognition」のめざすもの ‐

 今年の夏のワークショップは昨年と同じ越後湯沢のNASPAニューオータニで班会議に先立って8月23日に開かれた。折角のリゾート地でのワークショップであったが、重要な発表がタイトなスケジュールで行われたため、のんびりしているわけにもいかず、懇親会の後で温泉に浸かれたのがせめてもの息抜きであった。さて、ミレニアムプロジェクトとして発足した先端脳の今回で通算3回目のワークショップであるが、そのテーマは「Genes and Cognition」。これは「目標達成型」と位置づけられて発足した「先端脳」7班の「目標」を統合したようなテーマであるが、その統合そのものも「達成目標」であるならば、これは実に重たいテーマである。
 トップバッターとして登場した京大の金子武嗣氏は、形態学者としてのスタンスで、分子生物学的方法論を積極的にとり入れ生理機能との関連を探るという、このテーマに相応しい内容であった。局所神経回路の解明が生理機能の解析に必須のものであるという立場から、大脳皮質の機能解明が海馬や小脳に比べて進んでいないのは、海馬や小脳に比べて局所回路が明らかにされていないからに他ならないという説明には説得力があった。
 この局所回路解析にはaxon, dendrite等の形態観察が可能なGolgi染色に匹敵する染色法が必要だと説く金子氏は、membrane-targeted GFPであるpalGFPのコンストラクトを様々なウィルスベクターを利用して神経細胞に発現させる手法について解説した。いずれのベクターを用いた場合も抗GFP抗体による免疫染色でGolgi-likeなニューロンの染色が可能であったが、ニューロン選択性の点では問題があった。しかし、Adenovirusの場合は、脳室帯の神経幹細胞がアデノコクサッキーウィルス受容体を発現している点を逆手にとり、radial gliaが実は神経幹細胞であるという発見をしたいきさつについても説明があった。筆者は2000年の班会議でこの報告を最初に聞いたときの驚きと興奮を鮮明に覚えている。これは最近の神経科学の特筆すべき成果であり、分子生物学を取り入れた方法論的break-throughの勝利でもあると感じた(その後、KriegsteinらもNature誌へ同様の発表をした)。一方、Sindbis virusをベクターにした場合、Adenovirusの場合よりもニューロン選択制が高く大変有用であったが、実はニューロン選択的に発現するというのではなく、発現蛋白の細胞毒性によってグリアが早く死滅してしまうらしいということであった。形態観察には問題ないとしても生理学的解析の際には適当な注意が必要であろう(後の質疑応答の際にもDsRedはGFPよりも毒性が強そうであるとの見解も示された)。しかしながら、このpalGFP Sindbis virusは大変有用なマーカーで、今後はdendrite-targeted palGFP Sindbis virusを用いて、dendriteを選択的に染色して詳細な解析を行えるようにしたいという発言は今後の展開について大きな期待を持たせてくれた。palGFPもGolgi染色同様にrandom stainingではあるが、遺伝子操作により機能的targetを絞ることが可能で、今後from one to manyの回路解析を行ううえで大変有用な順行性マーカーであるというのが結論であった。
 また、以上のGFPのウィルスベクターと少し趣を変えて、やはり分子生物学の恩恵による有用な局所神経回路解析のツールが紹介された。vesicular glutamate transporterは近年二種類のアイソフォームがクローニングされ、VGluT1は大脳皮質ニューロンに、VGluT2は視床ニューロンに特異的に発現することが紹介された。便利なことにこれらは混在しないので、前述のpalGFP Sindbis virusでGolgi-likeに染めたニューロンのどの部分にどこからの入力がシナプスを作るのかを3Dイメージで解析することにより、from group to oneの回路の解析も可能になったことが報告された。これは筆者のように脳スライス中の局所神経回路における単一細胞の機能解析を行う者にとっては大変魅力的なツールで、今後のGFPによる生細胞での可視化が望まれる。
 講演後は活発な質問があり、各ウィルスのメリット/デメリットや異種蛋白発現過剰によるグリア細胞死が局所回路に与える影響、VGluT1,T2の発現の細胞選択性などの技術的質問のほか、trans-synapticなGFPの発現やaxon選択的なGFP発現の可能性など、この方法の将来的な展望に関する質問もあり、参加者の興味の大きさを物語っていた。
 金子氏の、GFP遺伝子の導入というgeneをツールとした局所神経回路の解明を目指した研究発表に続いて登場した理研のTakao Hensch氏は、分子生物学的ツールとしてGFPと双璧のgene knockoutを用いた視覚野の眼優位可塑性の研究について発表した。Hensch氏の研究は国際的に注目されており、昨年度のSociety for Neuroscience meetingでは彼のグループのポスターの前は黒山の人だかりで、筆者などは質問しようにも近づけないほどの盛況ぶりだった。このような研究者が日本の研究所に在籍していることは真に喜ばしいことである。
 さて、Hensch氏の研究の独創的な点は視覚野の眼優位可塑性の臨界期の発現にGABAによる抑制が必須であるという新知見をKO法を用いて明らかにしたことであろう。GAD65のKOマウスでは臨界期が出現しない。ところがジアゼパムによりGABAA受容体作用を増強すると臨界期を任意の時期に出現させることが出来る。逆に、正常マウスでも臨界期出現以前にジアゼパム処理をすると正常より早く臨界期を誘導することが出来る。興味深いことに何れの場合もいったん臨界期が過ぎてしまうと、もう二度と可塑性を取り戻すことは出来ない。すなわち、GABAA受容体を介する至適な抑制の出現は臨界期におこる可塑的変化のトリガーを引くものであり、興奮-抑制バランスの至適条件さえあれば、いつでも可塑性を発揮できると言うわけではない。また、この臨界期の眼優位性シナプス結合の変化にはtPAが関与していることもtPAのKOマウスの実験例で示された。
 さらにHensch氏はpoint mutationのknock-inというエレガントな遺伝子操作手法をもちいて、GABAA受容体サブユニットのうち、α1サブユニットがこの眼優位可塑性の臨界期の発現に関係していることを示した。また、GAD65をKOして臨界期の出現を遅延させても、残存するGAD67により合成されたGABAによるGABAA受容体の刺激を、ジアゼパムで増強してやりさえすれば臨界期を出現させることが出来る。このGAD67は細胞体・樹状突起に多く、トニックなGABA放出と関係している(一方のGAD65はaxonに多くphasic relaeseと主に関連している)という興味深い報告があり、そのことから、おそらくtonicなGABA releaseによるα1サブユニットを含むGABAA受容体の持続的刺激が眼優位可塑性臨界期のトリガーであり、特にBascket cellからのaxo-somatic synapseが主な役割を演じているのではないかというのが彼の見解であった。これをサポートする所見として、臨界期の直前にBascket cellの細胞体にGABAトランスポーターのGAT-1がup-regulateされることも示された。
 講演後、GAD65 knock-inによるrescue実験やbarrel cortexの可塑性にもGABAが関係するか、あるいはwild typeとKOで、実際にGABAのtonic inhibitionに差があるのか等多くの質問がなされた。今後さらに研究が進み、これらのことはいずれ明らかにされていくであろう。また、カラム構造のはっきりしないマウスで眼優位可塑性を調べる意味についての意見もあった。セッションが終了してコーヒーブレークに入った後もフロアのあちこちでディスカッションが活発に行われ、演者を囲む輪が出来ていたのが印象深かった。
 その後のセッションでは、鍋島、坂上、山森の各氏がそれぞれ異なったアプローチで分子と高次脳機能のつながりを探る研究を紹介した。その後、これまでのワークショップにない試みとして、このGenes and Cognitionのテーマについて「分子・細胞神経科学とシステム・理論神経科学の接点」と題した総合討論の時間が設けられた。二木、丹治両氏の司会で始まったが、やはりテーマが難しいのか、積極的にマイクを握る人は少なく、司会者が発言者を指名し、その発言者が次の発言者を指名するような形で行われた。まず発言に立った津本班長が、単一遺伝子のKOは慢性の破壊実験のようなもので、生理機能を解析するモデルとしては不十分であり、このような破壊実験は急性でなければならないという意見を述べた。筆者も全く同感である。これを受けて三品氏は、急性的に遺伝子発現を抑制するためにはconditional KO法やantisense RNAの導入により目的遺伝子を任意の時間軸で抑制する方法を考えるべきだと提案した。しかし、藤田氏からはそもそも高次脳機能とは何か、少なくとも現時点でそれを分子で論じてしまうことが果たして適切か?という問題提議があり、Hensch氏は特定の現象に絞って分子を論じる立場で、木村氏はシステム生理学者としての立場で、それぞれの考えについて述べた。これらを受けて、このワークショップの仕掛け人でもある狩野氏はbehaviorなどin vivoの結果を脳スライスという解析系にfeed-backする手段として、KOはやはり重要であるとの意見を述べた。最後に、外山氏が今後は方法論的展望をもう少し取り入れていって研究を推進するべきであると提言して締めくくった。

(3)饗場篤(神戸大学大学院医学系研究科)

‐ 「平成14年度夏のワークショップの感想」 ‐

 ワークショップでの3人の演者による発表と総合討論に関する自分なりのまとめと感想を記します。私自身の理解不足により全ての内容についてバランスとれて記述されていない部分や誤解している部分も多々あると思いますが、御容赦下さい。
 鍋島俊隆先生(名古屋大学医学部)「遺伝子操作マウスの高次機能解析:現状と展望」:神経精神薬理学(行動薬理学)の立場から遺伝子操作マウスの行動解析を行う時にノイズを拾わないことが重要であると指摘があった。具体的には、知・情・意の間に相互作用があるべきことを認識すべきで、知(学習実験)を行うときに、情と意に注意すべきである、また遺伝的背景に留意すべきである。研究に関しては、記憶の亢進が見られるノックアウトマウスが複数あり(ノシセプチン受容体、mGluR4、Telencephalin、ドーパミンD1受容体)、そのうちノシセプチン受容体ノックアウトマウスについての報告がなされた。ノシセプチン受容体は海馬で強く発現しており、そのノックアウトマウスでは水探索試験において野性型マウスよりも早く水のある場所に到達し、注意力が優れていることが明かとなった。また空間学習であるMorrisの水迷路学習、文脈・連合学習である恐怖条件付け等でも、野性型マウスより記憶能力が優れていた。一方、ノックアウトマウスの海馬スライスでは長期増強(LTP)の大きさが野性型に比べて大きくなっていることがわかった。従って、LTPの増大に伴って、記憶学習が向上する。ノシセプチンは正常なマウスでは記憶学習能力を抑制している可能性があるが、それにはノシセプチン受容体ノックアウトマウスで情動の指標が高まっているので、そのことが関与している可能性もある。今後はヒト疾患関連遺伝子の同定を行い、それをマウスに導入することにより得られた動物を用い、病態の解析を行うことを考えているとのことであった。後の総合討論でも触れられたが、ノックアウトマウスの問題点として、1)致死であった場合解析が困難、2)全細胞でノックアウトがおこるので、特定組織の機能だけを見ることが困難、3)発生上の異常を伴う場合には、発生終了後の機能を見ることが困難、4)単独遺伝子のノックアウトでは機能異常がでない場合がある、と指摘された。
 坂上雅道先生(玉川大学・脳研究所)「分子生物学的研究と脳の高次機能理解の接点:霊長類脳研究者の立場から」:前頭前野のワーキングメモリーに関する最新の知見が報告された。私のような分子細胞レベルの人間にとってには難解な内容であった。同じ記憶といっても、マウスの学習実験と霊長類を用いた学習実験には大きな隔たりがあるという印象を受けた。
 山森哲夫先生(岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所)「遺伝子発現から見た霊長類大脳皮質の領域特異性」:1)哺乳類では全遺伝子の数はほとんど変わらないと考えられているのに、どうやって大脳皮質は進化してきたか。2)どのようにして大脳皮質は形成されるか。すなわち視床-皮質入力が成立する前に、領域特異性は決定されているのかどうか。この2つの問題に取り組むために、大脳皮質の領域特異的な遺伝子の検索を行っているという報告があった。ヒトの運動野、視覚野のmRNAを1088遺伝子とハイブリダイズさせて、4倍以上発現の差があるものはなかった。このことから、mRNAの発現量が大脳皮質の領域間で5倍以上差がある遺伝子の数は数十以下であると推測できる。ヒトの遺伝子mRNAの発現量には個人差が大きいが、サルでは個体差が少ない。そこで、サルの大脳皮質から得られたmRNAを用いdifferential displayをして1次視覚野で特異的に発現しているocc1という遺伝子を同定した。他の皮質領域での発現より5倍以上になっている。また、その発現はactivity dependentでサルの片目にTTXを投与すると、occ1の発現が1次視覚野で縞状になる。他にも運動野で発現が他の領域の10倍になるGDF7という遺伝子がクローニングされた。また、RLCS法でcDNAのスポットを分離、計2万スポットを解析して領域間で発現量に5倍以上差がある遺伝子が5個同定された。そのことから外挿して霊長類の大脳皮質領域特異的遺伝子は10程度程度あるのではないかという報告があった。報告のあった領域特異的に発現する遺伝子の機能が明らかとなり、その遺伝子と相互作用する分子群の中に発現がやはり領域特異的な発現をするものが得られると興味深いと感じた。いずれにせよ、このように領域間の発現量の差が5倍以上という厳しい(分子生物学者には納得できる)基準を満たした領域特異的遺伝子が単離されたのはすばらしいことで、単離遺伝子の機能解析が待たれる。
 「総合討論: 分子・細胞神経科学とシステム・理論神経科学の接点」
司会 二木宏明先生(理化学研究所・脳科学総合研究センター)、丹治順先生(東北大学・大学院医学系研究科)
 丹治先生により、レベルの違った方法論を統合した研究を行わなければ、高次機能の理解までいかない。特に、1)ラット、マウスを対象としてどこまで高次機能が研究できるか。2)分子生物学的手法を霊長類まで持っていくにはどこに問題点があるのか、という導入があった後、様々な意見が出された。私自身が遺伝子操作マウスを用いて、脳の機能解析を行ってきており、その問題点や克服すべき点が改めて議論されて、興味深かった。三品昌美先生(東京大学)が指摘したように、領域特異的なノックアウトマウス、時間特異的なノックアウトマウス、遺伝的背景が同一なノックアウトマウスの作成により、これまでコンベンショナルノックアウトマウスで指摘された様々な欠点が克服されようとしている。一方で、これらのマウスには複数のトランスジェニックマウスの交配が必要で、コンベンショナルノックアウトマウスの数倍もしくは10倍以上の労力および飼育スペース、飼育費等が必要とされることを認識する必要があると思う。同じような事情はマウスよりさらに高等な動物での遺伝子操作にも言え、マウスからラットに対象が移ったとたんに飼育スペースは数倍以上になる。霊長類の遺伝子操作についても、サルのES細胞が樹立されたり、トランスジェニック動物が報告されており、夢物語ではない。一方ではこういう現状を踏まえて、マウスより高等な動物の遺伝子操作についても本気と取り組む研究者(数は少数になると思う)が施設や財政的な援助が行われることが重要だと思われる。また、機能が重複する遺伝子群をすべて同時に欠損する動物の作成等が重要であるとの指摘があった。多重欠損マウスを作成するには一般的には、単一遺伝子の欠損動物同士の交配が考えられる。この手法は得られた動物が致死ではない限り有効であるが、非常に時間と労力をおよび飼育スペースが必要となる。一方で、最近開発された哺乳動物細胞でのdsRNAを用いたRNAiの手法が真に実用的になれば、このような多重に遺伝子発現を簡便に抑制することが実現可能になるのではないかと考えられる。遺伝子の研究すなわち分子生物学的手法が適用しやすい分野としにくい分野があるという議論があった。例えば、神経可塑性、神経回路形成の研究分野や、情動と記憶、睡眠と記憶の相互作用等は分子生物学の手法が有効であることが示されている。一方、現在霊長類で行われている認知の研究を分子レベルで理解するには、各々のレベルで厳密性を犠牲にしなければならないのではないかという意見も出された。我々は様々な分野の研究者達と共同研究の過程で、上記のような議論してきたと思うが、このような班会議の場所等で議論されると立場が違う研究者からの指摘に我々が常識と思っていることに疑問の余地があることを改めて指摘される部分も多く有意義であった。