活動報告

   


「公開シンポジウム・班会議」報告

「公開シンポジウムに参加して」
尾崎美和子(理化学研究所・脳科学総合研究センター)

 去る12月19日、20日に先端脳の班会議が開催された。幅広い領域がカバーされており、口頭発表とポスター発表の両方を行うことにより、全貌を把握しつつ、十分に研究内容を理解し議論することも可能であるといった、効率の良い有意義な時間を過ごすことができた。特に19日の公開シンポジウムでの狩野方伸先生のお話は、自分の仕事に近いこともあり非常に興味深く拝聴させて頂くことができた。
 小脳の発達過程で、小脳にも臨界期に相当すると思われる時期が存在する。特にプルキンエ細胞と登上線維間シナプスの機能発達の過程では発達初期にプルキンエ細胞は複数の登上線維による多重支配をうける。その後、登上線維除去により成熟動物では最終的にプルキンエ細胞は1本の登上線維による単一支配を受ける。狩野先生のご研究では小脳の発達過程におけるシナプス除去機構がきれいに証明されていた。以下その内容をまとめてみた。
 マウス中葉部における電気生理学的解析では、生後7日目くらいまでに複数のシナプスが除々に減少し、8日から14日までの間に3本前後になり、21日までに生き残るシナプスがほぼ決まり、21日以後に成熟したシナプスが完成する。この間、シナプス強度にも変化がみられ、同程度のシナプス強度をもつ複数のシナプスは、シナプスの数の減少に伴い各シナプス強度間の差は大きくなる。シナプス強度は、興奮性シナプス後電位 (EPSP)の強弱を指標に分類され、シナプスの生理学的性質は1)応答振幅間のバラツキをDisparity Index とDisparity Ratioを用い評価する方法と2)伝達物質濃度を測定することにより示された。また、そのシナプスが将来成熟した単一支配登上線維になりうるであろう可能性は、シナプス前終末からの伝達物質の放出が複数のシナプス小胞から放出されるMultivesicular releaseの様式をとるかどうかで判断された。このような定量的な方法を用い、シナプス強度とシナプスの本数との関係が検討された。その結果、登上線維の本数が2〜3本で、かつ相対的に弱いEPSPを示す登上線維入力を最大のEPSPを示す登上線維入力で割った値すなわちEPSP振幅比が、20%以下であるプルキンエ細胞では、2日以内に単一支配プルキンエ細胞に移行することがわかった。中枢神経系では、神経筋シナプスや登上線維・プルキンエ細胞シナプスのように完全に1対1対応しない場合も多い。上記証明は、登上線維・プルキンエ細胞シナプス形成の発達過程を証明していると同時に、一般論としてシナプス間の競合があった場合、少なくともその入力比が20%を下った場合、シナプス強度の弱いシナプスは脱落していく可能性があることを示しており、一般に信じられている、強い入力を受けるシナプスが生き残るという説を実際に実験的に実証したことになる。私には、上記方法により中枢神経系における現象が数値として割り出されたことが非常に印象的であった。
 また、マウス個体にNMDA受容体のアンタゴニストを投与し、登上線維の脱落を観察した結果、登上線維の除去にはNMDA受容体が関与していることが明らかとなった。プルキンエ細胞には機能的なNMDA受容体がない。よって、NMDA受容体の関与の意味は、顆粒細胞からの入力が登上線維の除去に関与していると考えるのが一番自然である。NMDA受容体アンタゴニストの効果は、特に生後15日目〜16日目での連続腹腔内および局所投与において観察され、成熟マウスでも多重支配が観察される。その前後で投与しても効果は観られなかった。顆粒細胞からの入力〜登上線維脱落までの機構の1つの可能性としては、各種遺伝子のノックアウトマウスの解析から、平行線維の完全なシナプス形成、mGluR1シグナル伝達系の活性化、登上線維の除去といった順番で起きている可能性が示唆された。
 私にとっては、上記現象が生後15日〜16日といったかなり狭い”Period”でおきるということが非常に興味深く感じられた。私は常々小脳皮質の生後発達には、遺伝子発現と形態学的変化という観点からin vitroでは超えられない2つの壁があると感じてきた。これは、きっちり証明されたサイエンティフィクな意味からでなく、小脳発達の様々な文献と私共の実験経験からの勘のようなものである。それは、マウスの系統と小脳の部位により多少時期がずれるが、1つは生後7日前後、もう1つは生後15日を過ぎたあたりから18日である。この時期には、分散培養であろうが、部位をかなり限定した器官培養であろうが、外部から何かを加えただけでは、変えられない何かがありそうな気がする。また、素朴な疑問としてプルキンエ細胞が50%−50%の2本の神経支配を受けた場合、そのシナプスは同じ強度をもって形成され続けるのか、或はどちらかに偏るしかないのだろうか。多重支配のままであることは、生物個体にとって機能的には不利なのだろうか、有利なのだろうか。更なる研究により、年齢と伴に日々衰えていく運動能力に少しでも歯止めがかけらる道が開かれればありがたいなあと思っている。
 最後に、これまで私にとって特定領域研究は、いつも研究を止めるしかないかなと思った時どうにか生き延びることを可能にしてくれた命綱のような存在であった。これまでそんなことが3回あった。先端脳はその3回目である。私共の研究をサポートして下さったことに対し深く御礼申し上げます。

「先端脳公開シンポジウムに参加して」
花沢明俊(九州工業大学・大学院生命体工学研究科)

 通常の学会や研究会では、研究発表の聴講がどうしても自身の専門分野に偏ってしまうが、公開シンポジウムや班会議では、不学な領域についてわかりやすくまとめられた講演を聴くことができ、視野が広がるとともに、いろいろ考えさせられることが多い。基底核については聞きかじっているだけで、体系的な知識を持ち合わせていないが、木村實先生(京都府立医科大学)のご講演は門外漢にもわかりやすくまとめられていた。
 講演の前半部分は、マカクザルの黒質ドーパミンニューロンが、行動課題において報酬の期待やモチベーションの程度と関連するという内容であった。行動課題では、最初にスタートキューが提示され、その後に3つのターゲットが提示される。この3つのうちのどれかを選べば正答である。最初の試行で正答する場合もあるが、不正答の場合は次の試行で残りの2つのうちのどちらかを選べばよい。それも不正答だと3度目の試行で残りの1つを選べば正答となる。記憶が完全なら、正答する確率は3回の試行順に33.3%、50%、100%となる(実際の実験ではこれをコンピューターで調整し、20、50、90%とされていた)。このような行動課題において、ドーパミンニューロンは、スタートキューと正答(報酬)を表すビープ音に対してよく応答した。正答ビープ音に対する応答を解析すると、それは「報酬期待誤差」を表現していることが明らかとなった。報酬期待誤差とは、各試行における報酬があった(100%)または無かった(0%)という事象から、報酬の確率的期待値(たとえば20%)を引いた値である。最初の試行では期待値が20%なので、そこで運良く正答し報酬が与えられると、報酬期待誤差は80%となり、ニューロンは大きな応答を示す。逆に不正答だと−20%で、ニューロンは抑制性の応答を示す。次の試行では正答の場合50%、不正答の場合−50%である。このような報酬期待誤差の変化とドーパミンニューロンの応答の大きさがよく相関していた。さらに、試行開始のキューにも同じドーパミンニューロンがよく応答した。しかし、報酬期待誤差との相関は芳しくなく、リアクションタイムとの相関が見られたことから、モチベーションの程度に関係していると結論づけられた。これらの結果から、モチベーションの程度と報酬期待誤差という2種類の情報がドーパミンニューロンにおいて交差し、報酬に関連した行動学習に関与していることが示唆された。これらの現象を自身の経験と照らして理解すると、パチンコ屋にはいり、台の前に座って、ものの5分もしないうちに大当たりを出した瞬間、心情的に大喜びであるとともに、通常このようなことが起こる確率は1%以下なので、件の(私の頭の中にある)ドーパミンニューロンは大変大きな活動をしていることになる。逆に1時間以上粘ってやっと当たりが出たときは、心情的にはやれやれといった程度で、確率的にも順当なところなのでドーパミンニューロンの活動は小さい。当たりが出ず、あきらめて帰ると決めた瞬間は、抑制性の活動をしているであろう。それも時間がなくて早めに切り上げたときはまだしも、粘りに粘ってあきらめたときは、かなり抑制が強いはずである。このような結末が次回のモチベーションに大きく影響することから、ドーパミンニューロンがモチベーションと報酬期待誤差の両方に関与しているというのは、何となく納得できる。
 この後のドーパミン枯渇が行動学習に与える影響を調べた実験の解説をはさんで紹介された、スタートキューに対する応答と報酬のビープ音に対する応答の関係についての仮説が大いに興味深く、また疑問を持った。同一試行における、スタートキューに対する応答と報酬のビープ音に対する応答の大きさが相関していたという図が示された。このことから、モチベーションの程度が報酬誤差信号の大きさに影響を与えている、そしてそれは、モチベーションが学習のゲインコントロールをしている、という仮説に帰結する。これはそのとおりかもしれないが、前述のパチンコの話から考えると、ちょっとちがうような気もする。モチベーションの程度は、試行回数、満足度、疲労、正答不正答の履歴など、様々な要因に影響を受ける。このうち履歴について考えると、前回の報酬期待誤差が正の方向に大きければ、次回のモチベーションは大きくなる(のではないだろうか?)。報酬期待誤差が小さい、あるいは負の方向に大きい場合は、次回のモチベーションが小さくなる。よって、この相関は因果関係が逆ではないかと思った。それぞれの試行を全く独立と考えると、因果関係はスタートキューがきて次に報酬のビープ音という順番となるので、スタートキューに対する応答が報酬ビープ音に対する応答に影響を与えているということになるが、現実には、試行は繰り返され、時系列として繋がっている。モチベーションの上がり下がりが急激でなく、スタートキューに対する応答の変化と報酬ビープ音に対する応答の変化が時間的に緩やかなものであれば、因果関係が逆でも相関として現れてくる。更に、モチベーションが大きいときには、報酬に対する期待も大きく、早めに当たりが出ても喜びは小さい(ような気がする)。モチベーションが小さく、最初からあまり期待していないときの方が、当たりが出たときの喜びが大きく、報酬期待誤差は大きくなる。モチベーションが勝手に上がったり下がったりし、それに報酬期待誤差信号が追随するよりは、報酬期待誤差信号が大きくなるとモチベーションが上がり、それが報酬期待誤差信号を小さくする方向にはたらく。報酬期待誤差信号が小さくなると、モチベーションが下がり、それが報酬期待誤差信号を大きくする方向にはたらく、といったフィードバックループを形成し、ゆるやかに上がったり下がったりしながらも、両者が適切なレベルに維持されているのではないだろうか?つまり報酬期待誤差信号が直接学習に関わっているのではなく、モチベーションレベルの調節のために存在し、そのモチベーションレベルが学習のゲインに影響を与えているという順番である。報酬期待誤差信号の変化が、ゲインが変わっているのか、オフセットが変わっているのか、つまり、正の信号が大きくなったときに、負の信号も負の方向に大きくなるのか、あるいは0に近づくのか、という点も考える材料になるだろう。
 以上、乏しい周辺知識と実際の実験やデータの感触もわからずに頭の中で考えたことなので、相当的はずれな素人的感想と思うが、ドーパミンニューロンを駆動する報酬期待の確率判断やモチベーションのコントロールが、全体としてどのような構成になっているのか、あれこれ考えながら非常に興味深くお話を伺った。洗練された実験・解析手法と美しいデータ、そしてそこに投入されたであろう莫大なエネルギーに圧倒、刺激され、私自身の研究に対するモチベーションもより大きくなったように思う。