研究成果と達成度

A01班
A02班
A03班
A04班
B01班
B02班
B03班
ゲノム班
A04班 「脳細胞の変性に関する研究」
 A04 班では,ポリグルタミン病,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症,脊髄小脳変性症などを中心とする神経変性疾患の病態機序を解明し,神経細胞の変性の機序を解明し,解明された機序に基づいて治療法を開発することを目的とした。これらも目的を達成するために,次のようなアプローチを行った。1病因遺伝子が解明された疾患については,遺伝子変異によってもたらされる神経細胞変性の機序を,培養細胞系を用いた実験,モデル動物の作成に基づく解析などを通して明らかにすること,さらに,これらの培養細胞系,モデル動物を用いて病態機序に基づく治療法開発の研究の推進を目指した。2多くの神経変性疾患において,封入体の存在が知られており,最近になりその分子実態が明らかにされた。このような封入体形成には,その構成成分のタンパクが,何らかのコンフォメーション変化をきたすことが密接に病態に関連していると考えられており,これらのタンパクのコンフォメーション変化の機構,そして,misfolding されたタンパクが神経細胞に及ぼす機能障害を明らかにすることにより,神経変性疾患,中でも,孤発性神経変性疾患の病態機序の解明を目指した。3神経細胞の変性機構を解明するために必須であると考えられる,神経細胞の生存維持,アポトーシスなどの基礎的神経科学からのアプローチを進めた。

研究の概説

1 ポリグルタミン病についての研究
 歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症 (dentatorubral-pallidoluysian atrophy, DRPLA) について,培養細胞系を用いた病態機序の解析,モデル動物の作成と病態機序の解析を進めた(辻)。モデル動物の作成については,変異タンパクの全長の変異ゲノムDRPLA遺伝子の導入によるDRPLAマウスの作成を行った。このトランスジェニックマウスは,全長のヒト変異DRPLA遺伝子を単一コピーで導入したもので,発現量も内在性のマウスDRPLA遺伝子の80%程度と,生理的な発現レベルであり,ヒトの病態をよく反映するモデルと考えられる。最初に得られたトランスジェニックマウスは,76リピートのポリグルタミン鎖をコードするCAGリピートを有するものであったが,このQ76マウスは,ヒトで観察されるのと同様のCAGリピートの不安定性を示したものの,明らかな表現型は示さなかった。しかしながら,このQ76マウスの継代中に,CAGリピートの不安定性のために,129リピートに伸長したCAGリピートを有するマウスが得られ,このマウスをin vitro fertilizationによりライン化することができた(Q129)。このQ129マウスは生後3週の頃から失調症状やミオクローヌスを示すようになり,11週の頃から痙攣発作を示し,16週までに死亡する。さらに,このQ129マウスから,Q113, Q96マウスを確立することができた。これら,Q76, Q96, Q113, Q129は,そのポリグルタミン鎖の長さに比例して,発症年齢が早くなり,重症化することが示された。これら一連のマウスは,同一のintegration siteで,単一コピーでヒト変異DRPLA遺伝子を有しており,その表現型の違いは,純粋に伸長CAGリピートの長さに依存すると考えられ,ポリグルタミン病のモデル動物として極めて優れたモデル動物であると言える。
 このQ129マウスの詳細な病理学的な解析が行われ,強い表現型を示すにもかかわらず神経細胞の明らかな消失は認められず,細胞体や神経突起が萎縮性になるという特徴的な病理学的所見が示されている。このことは,「神経変性疾患」=「神経細胞死」というパラダイムを根本的に改める必要があることを強く示している。さらに重要なこととして,変異タンパクの神経細胞の核内集積が非常に早い段階から観察されることを見出し,この核内集積の分布は,歯状核,赤核,淡蒼球,ルイ体という神経細胞変性の強い部位に一致して観察されるだけでなく,大脳皮質を始めこれまでの神経病理学的観察では異常が指摘されなかったような広範な部位に観察されることを見出した。すなわち,これらの観察結果は,「神経細胞変性」=「変異タンパクの核内集積に伴う神経細胞の機能障害」という新しいパラダイムを提唱するものである。さらに,このQ129マウスを用いて,詳細な神経生理学的な研究を行い,脳部位特徴的に樹状突起の退縮,受容体の欠損,神経伝達物質放出の異常,可塑性の異常が起こることを明らかにした。
 「変異タンパクの核内集積に伴う神経細胞の機能障害」については,これまでの研究で基本転写因子の構成成分の一つであるTAF130と伸長ポリグルタミン鎖が結合することを見出しており,TAF130は神経細胞の可塑性や生存維持に関連するCREB依存性転写活性化に必須であることが知られている。従って,伸長ポリグルタミン鎖の核内集積により,CREB-依存性転写活性化が障害される可能性が示唆される。この点を明らかにするために,培養細胞系を用いて,伸長ポリグルタミン鎖の核内集積に伴って,代表的なcAMP応答遺伝子であるc-fosを指標にして,c-fosの転写活性化を検討した。その結果,伸長ポリグルタミン鎖の核内集積は,低濃度のcAMPに対するc-fosの活性化を強く阻害することを見出した。さらに,cAMP濃度を高濃度にすることで,c-fosの転写活性化が回復すること,すなわち,伸長ポリグルタミン鎖によってもたらされるc-fos の転写活性化の阻害は可逆性のものであることを示し,治療法開発のターゲットになる可能性を見出した。
 次に,実際の脳内で,どのような核の機能障害が生じているかを明らかにするために,これまでに確立したQ76, Q96, Q113, Q129のマウスの大脳,小脳を用いて,詳細な遺伝子発現プロファイル解析を行った。その結果,down-regulationされる遺伝子がup-regulationされる遺伝子よりもはるかに多いこと,2-way ANOVA解析により,CAGリピート長依存性で,かつ時間依存性に,特定の遺伝子群の発現がdown-regulationされることを明らかにした。以上の結果より,ポリグルタミン病の病態機序の本質が,「変異タンパクの核内集積に伴う神経細胞の機能障害」であること,「神経細胞の機能障害」の本質は,伸長ポリグルタミン鎖の核内集積に伴う核の機能障害,とりわけ,cAMP応答遺伝子群の転写活性化の阻害が重要な役割を演じていることを示した。さらに,この転写活性化の阻害が可逆性のものであることから,細胞内cAMP濃度の上昇などによる転写活性化を基盤とした治療法開発の可能性が示された点が重要な成果である。
 球脊髄性筋萎縮症(spinal and bulbar muscular atrophy, SBMA)は成人男性に発症する下位運動ニューロン疾患であり,アンドロゲン受容体遺伝子のCAG繰り返し配列の異常伸長が病因となっている。伸長ポリグルタミン鎖を有する変異アンドロゲン受容体(androgen receptor, AR)がテストステロンの存在下で神経細胞の核内に蓄積し,核内の転写関連因子の機能を阻害して転写障害をもたらすことが,神経変性の病態の中心であると考えられている。祖父江らは,変異アンドロゲン受容体を過剰発現するモデルマウスを作成した。97リピートのCAGリピートを有するトランスジェニックマウスでは,雌では症状をほとんど示さなかったのに対し,雄において重篤かつ急速に進行する筋力低下が観察された。このような表現型が雄にのみ観察されることから,この病態にはテストステロンの関与が強く示唆された。事実,雄マウスに去勢あるいはLHRHアナログの投与(内分泌学的去勢)を行い血中テストステロン濃度を低下させたところ,運動障害の出現を完全に予防することができた。この結果は,変異アンドロゲン受容体の核移行がテストステロンに依存していること,血中テストステロンレベルを低下させることで,変異アンドロゲン受容体の核移行を防ぐことがその作用機序であると考えられた。この研究成果は,現在,LHRHアナログによる臨床試験として実施されるようになっており,本特定領域研究の大きな研究成果である。SBMAについては,この他にも,転写障害を標的とした治療として,ヒストン脱アセチル化阻害剤である酪酸ナトリウムの水溶液を経口投与したところ,ヒストンH3のアセチル化が亢進し,SBMAモデルマウスの運動機能および病理所見の改善が認められた。しかし,酪酸ナトリウムの効果は用量依存性であり,高濃度では毒性が認められ,そのtherapeutic windowが極めて狭いことが示された。
 木村は,ポリグルタミン鎖の凝集体形成及び細胞障害に促進的に働く分子として, AAA+ superfamily に属する分子シャペロン VCP並びに Hsp104を同定した。これまでに,VCPとHsp104のポリグルタミン鎖に対する作用機構の解析を,培養細胞,マウス,ハエ,出芽酵母のモデル系を用いて多角的に行ない,これらの分子シャペロンは,ポリグルタミン鎖のコンフォーメーションの変化に働いてポリグルタミン鎖による細胞死に積極的に関与している事を見出した。ポリグルタミン鎖と分子シャペロンの相互作用をモデルとし,その分子機構を徹底的に解明することで,ポリグルタミン病のみならず多くの神経変性疾患発症の共通分子機構とこれらの分子シャペロンをターゲットとした治療法開発の可能性が示唆された。
 池田は,変異型porcineハンチントン病(HD)遺伝子を用いて,旋回運動など異常行動を示すHDモデルミニブタを作成し,その分子病態解析の解析を行った。さらに,ハンチンチン遺伝子の転写調節に関わるエレメントを解析し,ハンチンチン遺伝子発現制御による治療法開発の基盤となる研究を進めている。HD遺伝子転写調節領域結合タンパク質の機能解析に関しては,yeast one-hybrid screening systemを用いて得られた2つの新規HD遺伝子転写調節領域結合タンパク質のアミノ酸配列解析により,これら因子が類似のドメイン構造を有していることが判明し,同じファミリーに属するタンパク質であることが示唆された。ドメイン領域変異体を用いた細胞内局在の解析から,これらの因子が核―細胞質間を移動するシャトルタンパク質としての特徴を有していることが明らかとなった。また生化学的な解析からは,特に両因子間で高度に保存されたC末領域が新規DNA結合ドメインであったこと,さらにこのDNA結合ドメインがHD遺伝子転写調節領域中のユニークな7bpのトリプルリピート配列を認識することを明らかにした。この配列はHD遺伝子転写調節領域に特徴的な20bpのリピート配列中及びその近接部位に位置しており,これらの領域はHD遺伝子転写調節領域における新規シス調節領域となっていると考えられる。
 貫名信行は、ポリグルタミン鎖の構造について,ポリグルタミン鎖を挿入したミオグロビンの構造変化を解析し,伸長したポリグルタミンによるβシートの形成を認めた。さらにX線小角散乱を含む詳細な解析を行い,quasi-aggregateと呼ぶ初期の凝集体を確認した。この実験系を用いトレハロースがポリグルタミン鎖による分子不安定効果を抑制することを見いだした。これらの成果をハンチントン病モデルマウスを対象として治療実験を行い,ハンチントン病モデルマウスの発症を遅延させる効果があることを示し,臨床応用の可能性が期待されている。
 ポリグルタミン病の治療法開発研究については,伸長ポリグルタミン鎖の凝集を阻害するペプチドQBP1による治療研究,伸長ポリグルタミン鎖の凝集を抑制する低分子化合物の検索が行われた。QBP1については,細胞膜透過性シグナルを付加したペプチドPTD-QBP1の投与により,ポリグルタミン病モデルマウスに対する分子治療を試みた。これまでに,ハンチントン病モデルマウス側脳室内に浸透圧ポンプを使ってPTD-QBP1を7週間持続投与したところ,PTD-QBP1投与部位周囲での変異ハンチンチン凝集体の著明な抑制を見出した。伸長ポリグルタミン鎖の凝集を抑制する低分子化合物については,大規模低分子化合物ライブラリーから伸長ポリグルタミン鎖凝集阻害化合物のスクリーニングを行い,既に18,000化合物中80種類以上の新規PolyQ凝集阻害化合物を見い出し,今後の研究の発展が期待される。

2 パーキンソン病についての研究
 水野らは,彼らがクローニングに成功したパーキン遺伝子の変異解析とパーキン蛋白の機能解析を中心に研究を行い,E3ユビキチンリガーゼとしてのパーキンの活性調節に14-3-3蛋白が関与していることを発見した。14-3-3は,パーキンのリンカー部分に結合し,パーキンの活性を抑制している。酸化的ストレスなどでα-synucleinの発現が上昇すると,14-3-3蛋白に結合し,この複合体はパーキンから離れ,活性が上昇する。酸化的ストレスの低い所では,α-synucleinの高発現がなく,パーキンがinactiveであっても,神経変性は起きないと推定される。黒質においては,高濃度のドパミンのため,酸化的ストレスが強くパーキンを必要とすると考えられた。パーキンノックダウン細胞におけるドパミンの自動酸化物であるドパミンクロームの上昇も明らかにしたが,この所見と一致する。AR-JP脳においては,パーキンの基質蓄積が証明できなのが謎であったが,パーキンがユビキチンのリジン63残基のポリユビキチン化も促進することを見いだし,これはプロテアソームにおける分解シグナルとはならず,パーキン機能探索の新たな入り口になっている。更に-α-synucleinをAAVベクターに組み込み黒質細胞に導入することによりパーキンソン病のモデルラットの作成に成功し,更に本モデルでの黒質神経細胞死がパーキンを共発現させることで軽減できることを見いだした。これはパーキンソン病の遺伝子治療に応用可能な成果である。更にパーキン遺伝子変異陰性の家系について,最近相次いで発見された家族性パーキンソン病の原因遺伝子であるPINK1, DJ-1, LRRK2についても解析を行い,PINK1変異8家系,LRRK2変異10家系,α-synuclein変異2家系を発見した。DJ-1変異はなかった。
 岩坪らは,孤発性パーキンソン病ならびにその類縁疾患であるLewy小体型痴呆症(DLB)発症の分子機構の解明を目的として,変性神経細胞に蓄積するLewy小体(LB)を構成するα-synuclein (αS)蛋白の病理生化学的性質,ことに翻訳後修飾に焦点をあてて検討を行った。DLB大脳皮質に不溶化・蓄積したαSを分別抽出,HPLC精製し,質量分析法にて解析したところ,αSのSer129が特異的にリン酸化されていることを見出した。Ser129リン酸化特異抗体を作製し,パーキンソン病,DLBをはじめとするsynucleinopathy脳を免疫組織化学的に解析したところ,リン酸化αSはLBなどの明瞭な細胞質内封入体を形成する以外にも,神経突起内に広汎に蓄積していることを明らかにした。また蓄積αSの一部はN末端部分のリジン残基においてモノユビキチン化を受けていることを見出した。蓄積αSの多くは全長蛋白質からなるが,proteinase K処理により,蓄積した線維のなかでαSの中間部はプロテアーゼ耐性のコア構造を形成していることを見出した。またαSを神経細胞に過剰発現したトランスジェニックショウジョウバエを作出し,蓄積αSのリン酸化を確認した。さらに培養細胞にαSとsynphilin-1を過剰発現させた場合,Ser129リン酸化が細胞死と凝集物形成を促進することを見出し,Ser129リン酸化が細胞変性に関与することを示した。今後リン酸化を担うキナーゼの同定,リン酸化αSの細胞障害性の分子機構の検討,翻訳後修飾を標的とする細胞死防御法の研究の発展が期待される。
 常染色体劣性遺伝性家族性 (PARK7) の病因遺伝子として,DJ-1が同定された。これまでに11種類のDJ-1遺伝子のホモ及びヘテロ欠失,点突然変異が報告されているが,DJ-1によるパーキンソン病発症機構は不明であった。DJ-1の機能の解析の結果,DJ-1は転写調節機能,システインの自己酸化で活性酸素除去を行う抗酸化ストレス機能,Pael receptorなどを基質とするプロテアーゼの3つの機能を有し,この機能発揮にはホモ2量体形成,K130へのPIASファミリーによるSUMO-1付加,C106にSO3Hが付加される酸化が必須であることを明らかにした。パーキンソン病患者で見られる5種類の変異DJ-1について更に解析したところ,L166P変異体以外はホモ及び野生型DJ-1との2量形成能を有するが,抗酸化ストレスそれに伴う抗細胞死機能の消失(L166P),減弱(他の変異体)が見られた。一方,DJ-1機能消失が強いL166P変異体は過剰なSUMO-1付加がなされ,ミトコンドリアに局在変動し,不溶化していた。更に,弧発性パーキンソン病患者では還元型DJ-1の消失と正常と異なった酸化型DJ-1が見られた。以上より,DJ-1のホモ変異体では機能消失,ヘテロ変異体は正常DJ-1とのヘテロ2量体形成によるdominant-negative機構によりDJ-1抗酸化ストレス機能阻害がパーキンソン病発症原因の1つになると考えられた。
 相模原家族性パーキンソニズムの原因遺伝子座(PARK8)が12p11.2-q13.1に存在することを発見し,さらに,相模原市近郊在住の孤発性パーキンソン病患者約200人について調査した結果,PARK8に連鎖する複数のマイクロサテライトアレルを有する1家系を発見した。そのうちの患者1人は死亡しており,PARK8患者に類似した剖検病理組織像を示した。この家系には新しい組換え部位が検出され,候補領域は10 CMに狭められた。最近になり,PARK8の病因遺伝子としてdardarinが発見された,PARK8発見の端緒となった相模原家系においてもdardarinにミスセンス変異の存在を確認した。これまでの家族性パーキンソン病が若年発症であるのに対し,PARK8は,発症年齢が一般の孤発性パーキンソン病と同様に遅発性であり,臨床症候も似ていることから,dardarin変異によってもたらされる黒質神経細胞の変性機序の解明が期待される。

3 筋萎縮性側索硬化症についての研究
 筋萎縮性側索硬化症については,レーザーミクロディセクターを用いて切り出した単一ニューロン組織での検討により,孤発性ALSの脊髄運動ニューロンでは,疾患特異的,細胞選択的にAMPA受容体サブユニットのGluR2 Q/R部位RNA編集率が低下していることを発見した。この分子変化は,チャネルのCa2+透過性を増大させ,細胞死の直接原因になっていることから, 孤発性ALSの病因は編集酵素ADAR2 の活性低下である可能性が高いと考えられる。さらに,運動ニューロンに発現するカルシウム透過性AMPA型グルタミン酸受容体が,変異SOD1トランスジェニック ALSモデルマウスにおいて,脊髄で変異SOD1の異常凝集形成を促進するとともに,臨床症状,病理所見を悪化させる因子であることを見出した。また,変異SOD1は異常蛋白質としてHsp70に結合するが,ユビキチンリガーゼCHIPがHsp70のポリユビキチン化を介して変異SOD1の分解を促進することを示した。
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の新しい動物モデルとして,ヒト変異Cu/Zn SOD遺伝子導入トランスジェニックラットを用いて,再生医療の開発を念頭に内在性神経前駆細胞の解析を行い,トランスジェニックラット脊髄では病態の進行とともに神経前駆細胞が増殖していることを明らかにし,グリア系前駆細胞だけでなくnestin陽性の未分化な内在性神経前駆細胞もまた増殖している可能性を示した。さらに,この未分化神経前駆細胞の増殖が運動ニューロン脱落開始直後ではなく末期に至ってようやく検出されることを確認した。このような未分化神経前駆細胞を外来性再生誘導因子によって早期に賦活する方法として,肝細胞増殖因子(HGF)を運動ニューロン脱落後 (1) 早期,および (2) 末期のトランスジェニックラットに髄腔内投与したところ,(2)において有意にbromodeoxyuridine (BrdU)陽性細胞が増加していることが明らかとなった。今後,(a) 至適用量・投与時期の検討と共に,(b) 他の再生誘導因子や抗軸索伸長阻害因子との組み合わせ投与,(c) グリオーシス抑制因子との組み合わせ投与などを試み,組織修復を行う新規治療法の研究の発展が期待される。

4 脊髄小脳変性症の研究
 遺伝性脊髄小脳変性症の病因遺伝子の解明が進んでいるが,わが国で多く見られる純粋小脳失調を挺する常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症の中に,第16番染色体長腕に連鎖する疾患があることを発見した。この常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症(16q-ADCCA)について,ポジショナルクローニングを進め,候補遺伝子領域内に,患者に特有の変化が存在する遺伝子を見出した。その遺伝子産物に対するポリクローナル抗体を作製し,ヒト脳内で発現を調べたところ,患者神経細胞ではこの蛋白が特異的に凝集していることを見出し,この遺伝子が16q-ADCCの病因遺伝子である可能性が非常に高いと考えられ,その確認が期待されている。
 わが国で最も頻度の高い常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症であるearly-onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia (EAOH) の病因遺伝子としてアプラタキシン (aprataxin, APTX) を発見した。APTXの生理的機能を明らかにするために,結合タンパクを検索したところ, XRCC1との結合を見出した。APTXとXRCC1の相互作用部位の決定に関して,APTXのN末端から段階的に欠失する5種類のコンストラクト,およびXRCC1のC末から段階的に欠失させた5種類のコンストラクトを作成し,免疫沈降法およびYeast two hybrid systemを用いて詳細な相互作用部位を決定した。APTXのN末端のForkhead-associated domain(FHA domain)の一部であるN末端側20アミノ酸とXRCC1のC末端に位置するBRCT ドメインの一部を含んだ領域(アミノ酸配列492-574) が相互作用することが判明したXRCC1は一本鎖DNA損傷修復に関するタンパク群のscaffold タンパクとして知られており,このことからAPTCが一本鎖DNA損傷修復に関与する可能性が示唆される。一本鎖DNA損傷修復過程におけるAPTXの生理機能に関して,45merのオリゴおよびそれに相補的な20mer, 24merのオリゴを用いて,1ヌクレオチドギャップの2本鎖DNAを作成し,再構成実験を行い,組換えAPTXタンパク質が,in vitroでの再構成実験系において,5’polynucleotidekinase活性および3’phosphatase 活性を有することに加えて,3’exonuclease活性を有することを見出した。これらの結果より,APTXの生理機能として,1) DNA polymerase beta DNA ligase IIIと共役して塩基除去修復におけるproof readingを行う。2)一本鎖DNA修復過程でunconventional DNA 3’-endを処理する。3)DNA 3’-トポイソメラーゼI複合体の解離修復のalternative pathwayとして作用する。などの可能性が示された。

まとめ
 本研究領域においては,ポリグルタミン病,筋萎縮性側索硬化症,パーキンソン病,脊髄小脳変性症など代表的な神経変性疾患についての,病態機序の解明と,病態機序に基づく治療法開発研究を推進した。病態機序の解明については,ポリグルタミン病における,「神経細胞変性の機序」は「神経細胞死」ではなく,「伸長ポリグルタミン鎖を有する変異タンパクの核内集積に伴う可逆性の核の機能障害である」という新しいパラダイムを提唱したことが大きな成果である。さらに,ヒトの病態をよく反映するモデルマウスが,歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症,球脊髄性筋萎縮症で確立されたことは今後の治療法開発研究において重要である。治療法開発研究については,球脊髄性筋萎縮症において,血中テストステロンレベルを低下させることにより,変異アンドロゲン受容体の核移行を抑制し治療法として確立できる可能性が見出されたことは特筆すべき成果である。現在この治療法は臨床試験の段階にあり,実用化が実現することが期待されている。パーキンソン病,脊髄小脳変性症についても,遺伝性の疾患を中心に病態機序の研究が発展した。孤発性パーキンソン病について, Lewy小体内のα-synucleinが異常にリン酸化を受けていることが見出され,孤発性パーキンソン病の病態解明への糸口が得られることが期待される。筋萎縮性側索硬化症については,これまで遺伝性の筋萎縮性側索硬化症の病因遺伝子としてSOD1が知られているだけであったが本研究班において,孤発性筋萎縮性側索硬化症においてAMPA受容体mRNAのRNA editingの異常が見出され,病態機序解明への発展が期待される。
 以上示したように,遺伝性神経変性疾患については,病態機序の解明の段階から治療法開発研究の段階へと発展しており,一部は臨床試験に到達しており,大きく研究が発展した。また,孤発性神経変性疾患についても,鍵分子の翻訳後修飾の異常,あるいは,RNA editingの異常など,手がかりが得られつつあり,今後の研究の発展が期待される。


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