研究成果と達成度

A01班
A02班
A03班
A04班
B01班
B02班
B03班
ゲノム班
B01班 「記憶・学習・思考の分子生物学的研究」
研究の概説

 本研究では、分子・細胞・システム・個体レベルの実験を有機的に組み合わせる統合的研究により実体としてのシナプス機能分子がどのようにして記憶・学習を可能にしているかを、海馬、小脳、線条体および嗅覚系で探求することにより、記憶・学習の分子機構に関して以下の成果を挙げた。

1 瞬き反射条件付け学習はタイミングにより異なる脳システムが必要
 三品らは、NMDA型グルタミン酸受容体GluRε1欠損マウスを用いて視覚野の経験依存的発達にNMDA受容体チャネルのキネティクス変化の重要であるとの考えを検証した(Proc. Natl. Acad. Sci., 2003)。発達に伴うNMDA受容体チャネルのキネティクス変化が起きないGluRε1欠損マウスにおいて、視覚野の感受性期は変化しないが、視覚中枢の方向選択性の発達は著しく傷害されることを見出した。また、モルヒネに対する耐性と依存は脳の可塑的変化により引き起こされると考えられていることから、三品らはNMDA受容体GluRε1欠損の影響を解析した(J. Neurosci., 2003)。モルヒネの慢性投与により耐性を生じたC57BL/6マウスでは、中脳水道灰白質、腹側被蓋野および側坐核においてNMDA受容体GluRε1蛋白が著しく増加することを見出した。さらに、NMDA受容体GluRε1欠損マウスではモルヒネ耐性が著しく減弱することを明らかにした。ついで、GluRε1欠損マウスの中脳水道灰白質、腹側被蓋野あるいは側坐核特異的にGluRε1遺伝子をエレクトロポレーション法により導入し、発現させることに成功した。GluRε1欠損マウスの中脳水道灰白質および腹側被蓋野特異的にGluRε1遺伝子を導入することにより、モルヒネ耐性が回復することを示した。したがって、中脳水道灰白質および腹側被蓋野のNMDA受容体GluRε1がモルヒネに対する耐性の形成に重要であることを明らかにした。同様に、モルヒネ依存を生じたC57BL/6マウスでは、側坐核においてNMDA受容体GluRε1蛋白が著しく増加することを見出した。さらに、NMDA受容体GluRε1欠損マウスではモルヒネ依存が著しく減弱することを明らかにした。ついで、GluRε1欠損マウスの側坐核特異的にGluRε1遺伝子をエレクトロポレーション法により導入し、モルヒネ依存の形成に側坐核のNMDA受容体GluRε1が重要であることを示した。
 小脳プルキニエ細胞に特異的に発現しているグルタミン酸受容体GluRδ2は小脳可塑性に必須である。三品らは、GluRδ2欠損マウスの運動学習能力を瞬き反射と音との連合学習で解析した(Eur. J. Neurosci., 2001; J. Neurosci., 2003)。条件刺激と無条件刺激とを同じタイミングで与えるdelayパラダイムにおいて、GluRδ2欠損マウスの学習は著しく障害されていたが、条件刺激と無条件刺激との間に500m秒の時間間隔を設けるtraceパラダイムでは正常な学習を示すことを見出した。逆に、NMDA受容体GluRε1欠損マウスはdelayパラダイムをほぼ正常に学習したが、条件刺激と無条件刺激とを500m秒の時間間隔で与えるtraceパラダイムで障害を示すことを示した。さらに、traceの時間間隔が無い課題の学習獲得は、野生型マウスでは海馬破壊で影響されなかったが、GluRδ2欠損マウスでは海馬背側の破壊により学習獲得が阻害された。これらの結果から、瞬き反射の条件付け学習において条件刺激と無条件刺激とのタイミングに応じて脳内のシステムが使い分けられていることを明らかにした。

2 記憶の基盤としての海馬スパインの構造的可塑性
 シナプスの可塑的過程は脳の学習・記憶を基礎付ける分子・細胞機構である。特に、グルタミン酸受容体は興奮性シナプス入力の主な担い手(機能)であり、その分布、動態がシナプス可塑性に密接に関与する。松崎らは、ケイジドグルタミン酸を2光子励起法で活性化する手法により、海馬錐体細胞において、機能的AMPA受容体発現とスパイン形態に強い相関があることを見出し、2光子励起法によってケイジドグルタミン酸を活性化して単一スパインで可塑性を誘発し、そのスパイン形態依存性の特徴を解析した。加えて、パッチクランプ法を組み合わせ、機能的AMPA受容体およびスパイン形態の時空間変化の連関を検討した(Nature 2004)。さらに可塑性誘発の引き金となるNMDA受容体を介したスパイン内カルシウム濃度動態が、スパイン形態にどのように依存するか、その動態とスパイン可塑性の間にどのような連関があるかを、2光子励起高速カルシウムイメージング法によって明らかにした。GFPを発現した海馬CA1錐体細胞の単一スパインに、細胞外のマグネシウムをなくした条件で、2光子励起法によるグルタミン酸の頻回刺激を行い、形態変化を追跡した。その結果、多くの場合、反復刺激直後に、刺激したスパインの頭部の肥大化が観察された。刺激前すでに大きかったスパインでは、刺激後一過的に頭部の肥大化が起こるが、30分以内で元の大きさに戻った。一方、小さなスパインでは頭部の肥大が2時間以上持続することが見出された。スパインの増大の多くは刺激スパイン特異的であることから、スパインの形態可塑性は単一スパインレベルで起こっている。スパイン頭部の肥大化はNMDA受容体阻害剤、カルモジュリン阻害剤、およびアクチン重合阻害剤によってほぼ完全に阻害された。シナプス前線維のテタヌス電気刺激によっても、一部のスパイン頭部に同様な形態変化が起こることから、この現象はシナプス可塑性に重要な役割を担っていることが示唆された。さらに穿孔パッチした錐体細胞において脱分極と2光子励起ケイジドグルタミン酸法を組み合わせることで、刺激した小さいスパインのみでAMPA受容体反応を増強させることに成功した。AMPA受容体反応が増強される場合、形態の増大も伴い、また頭部肥大が起こらない場合、AMPA受容体反応も増強されないことがわかった。
 次に、松崎らは、スパイン形態可塑性をトリガーする、スパイン頭部NMDA受容体の発現及びNMDA受容体によるCa2+シグナルを、2光子グルタミン酸法及び2光子Ca2+画像解析により調べた(Neuron, 2005)。NMDA受容体の発現は大きいスパインほど大きいが、AMPA受容体とは異なり小さいスパインにも発現が見られ、小さいスパインは所謂サイレントシナプスにほぼ該当することがわかった。大きいスパインではNMDA受容体発現量は大きいにも関わらず、Ca2+上昇は小さかった。詳細な解析の結果、この現象は、スパイン頭部と樹状突起基部を繋ぐスパインネックの形態によって決まる「ネックのCa2+コンダクタンス」が頭部増大につれて増大し、この基部へのCa2+流出の増大により、頭部のCa2+上昇が減少するためであることが判明した。更に、ネックのCa2+コンダクタンスは長期増強に伴うスパイン頭部長期増大に際して増大し、ネックも可塑的であることがわかった。また、スパイン頭部増大の長期化は、スパイン頭部が初期に小さいものに加え、ネックが初期に細く長いものに多く観察され、スパインネックはシナプス長期可塑性の発現や定着の調節因子である可能性が高い。これらの結果は、小さいスパインは学習して大きくなり易く、大きいスパインほど記憶として安定であること、その機構としては、スパイン内グルタミン酸受容体の機能発現とカルシウム濃度が、スパイン頭部・ネック形態という微細な細胞骨格によって精巧に制御されていることに依存していることを示唆している。

3 小脳シナプス可塑性の分子基盤
 小脳は運動制御・学習にかかわる中枢神経系領域である。小脳皮質は規則正しく比較的単純な神経回路で、中枢神経系がはたらくメカニズムを研究する際に優れたモデルシステムになると考えられる。小脳皮質の興奮性および抑制性シナプスでは、神経活動依存的な情報伝達効率変化(シナプス可塑性)が起こり、それらは運動学習の基盤になる現象と考えられている。プルキンエ細胞への抑制性シナプスでは、プルキンエ細胞の脱分極により持続的な伝達効率増大が引き起こされることが知られており、リバウンドポテンシエイション(RP)と呼ばれている。平野らは、RP発現がその抑制性シナプス活動により抑えられることを見出し、その分子機構を解析した。その結果、シナプス活動によりプルキンエ細胞上の代謝型GABAB受容体が活性化され、それが三量体Gi/o蛋白質活性化・cAMP減少を介してAキナーゼ活性を抑え、そのことによりDARPP32分子のリン酸化が減少し、その結果脱リン酸化酵素PP1活性の抑制が解除されることを示した(Neuron, 2000; J Neurosci, 2002)。PP1はRP発現に必要なカルモジュリン依存性キナーゼ活性に拮抗することにより、RPの発現を抑える。その後、代謝型グルタミン酸受容体mGluR1・細胞接着分子のインテグリンもRP発現制御に関わることがわかってきた。
 顆粒細胞の軸索である平行線維とプルキンエ細胞間のシナプスにおいては、平行線維と下オリーブ核ニューロンの軸索である登上線維の組み合わせ刺激により持続的な伝達効率低下が起こり、長期抑圧と呼ばれている。グルタミン酸受容体GluRδ2はこの平行線維・プルキンエ細胞間シナプスに局在し、長期抑圧発現に必要なことが分かっている分子である。平野らは、GluRδ2欠損マウスは運動制御異常を示すが、その運動障害はプルキンエ細胞を完全に欠失したラーチャーマウスよりも重篤であることを見出し、その原因を解析した。その結果、GluRδ2欠損マウスは自発性の不随意運動を示し、それは亢進した異常登上線維入力に依存していることを明らかにした。そして、GluRδ2という蛋白質分子の欠損が如何にして運動障害を引き起こすかについて、両者を繋ぐ細胞・神経回路レベルの変化を含めたモデルを提示した(J Neurosci 2004)。また、GluRδ2欠損マウスを用いて反射性眼球運動およびその適応(運動学習)の解析を行い、GluRδ2欠損マウスが運動学習障害および反射性眼球運動の動特性異常を示すことを明らかにした。またGluRδ2欠損マウスにおける小脳部分除去実験等により、反射性眼球運動を制御する脳幹部にも可塑性があることを示唆した(Eur J Neurosci. 2005)。さらにGluRδ2欠損マウスにおいて、登上線維入力が亢進しているために自発性にRPが起こり、プルキンエ細胞に対する抑制が強くなっていることも示した(J Neurosci, 2004)。
 平野らは、長期抑圧には数時間しか持続せず転写に依存しない初期相と1日以上持続し転写に依存する後期相があるが、後期相の誘導にカルシウム依存性脱リン酸化のカルシニューリンが関与することを示した(Eur J Neurosci, 2002)。また、GluRδ2が長期抑圧発現にどのように関与するかを調べるために、GluRδ2欠損培養プルキンエ細胞においてGluRδ2およびそのミュータント分子を発現させる実験を行った。その結果、GluRδ2は長期抑圧発現に直接的にかかわっていること、C末端細胞内領域の細胞膜近傍領域が長期抑圧発現に必須であることを明らかにした。その部位に結合する蛋白質を同定し、GluRδ2とその蛋白質の長期抑圧発現におけるはたらきの検討を行った。長期抑圧発現にあたっては、プルキンエ細胞上に形成される平行線維と登上線維入力が同時に活性化する必要があり、これら二つの入力を統合する分子の候補の一つがCキナーゼである。CキナーゼにGFPを融合した分子を培養プルキンエ細胞で発現し、その挙動を調べることにより各種の刺激によるCキナーゼの制御を調べた。その結果、Cキナーゼは登上線維入力を代行する脱分極のみで細胞膜に一過性に移動すること、また長期抑圧発現時にCキナーゼは一時的に細胞膜に移動するだけで長期的な活性化はしないことも明らかにした。
 三品らは、脳機能解析に適したC57BL/6系統由来の胚幹細胞を用いて標的遺伝子組換えを行い、純粋にC57BL/6系統の遺伝子組換えマウスを得ることに成功している。Creリコンビネースの認識配列loxPを組み込んだ遺伝子組換え体を得るためには薬剤耐性マーカーの使用は避けられず、この強力なプロモーター付きのマーカー遺伝子が標的遺伝子の発現に影響を及ぼすことが多い。この影響を取り除くために、薬剤耐性遺伝子の両端にFLPリコンビナーゼの認識配列frtを組み込んだ標的遺伝子組換えベクターを用いた。組換えマウスからこの薬剤耐性マーカー遺伝子を取り除くために、FLP組換え酵素を発現するB6系統のトランスジェニックマウスを得た。標的マウスとFLPマウスを掛け合わせることにより、組換え酵素Creの標的配列を導入した標的遺伝子より、薬剤選択マーカー遺伝子を除去した。先に開発した変異プロゲステロン受容体のホルモン結合領域と遺伝子組み換え酵素Creリコンビナーゼの融合蛋白(CrePR)遺伝子を組み込んだCrePRマウスと組み合わせることにより、任意の時期に特定の脳部位で遺伝子欠損を引き起こし、C57BL/6系統の純粋な遺伝子背景で脳機能を解析するシステムの基本を確立した。この系を用いて、グルタミン酸受容体GluRδ2遺伝子にloxPを導入した標的マウスを作成し、小脳プルキニエ細胞特異的に誘導型CrePRリコンビナーゼを発現するマウスと掛け合わせた。プロゲステロン受容体のアンタゴニストを投与することにより、成熟期において小脳プルキニエ細胞特異的にGluRδ2を欠損させることに成功した(J. Neurosci., 2005)。免疫電顕による解析から、成熟小脳でシナプス後部のGluRδ2の減少に伴い、平行線維-プルキニエ細胞シナプスにおいてシナプス前部のアクティブゾーンが縮退し、シナプス後部のPSDが膨張する構造変化が引き起こされ、シナプス前部と後部の不一致が生じることを見いだした。さらに、GluRδ2の消失はシナプス結合の切断をもたらした。これらの結果は、成熟した脳のシナプス結合にGluRδ2が必須であることを示しており、完成されたシナプスの構造変化の分子メカニズムを探求する端緒を開いた。
 小脳プルキンエ細胞特異的グルタミン酸受容体GluRδ2は小脳のシナプス可塑性、運動学習、運動協調、神経回路形成に重要な機能分子であることを明らかにしたが、タンパク質分子としての機能や細胞内シグナル伝達経路についてはほとんど未知のままである。三品らは、GluRδ2のC末端と相互作用する新規タンパク質を見出し、Delphilinと命名した(J Neurosci, 2001)。さらに、GluRδ2と結合する新たな分子としてShankを同定した(Mol Cell Neurosci, 2004)。GluRδ2のC末端細胞質内の中間に位置する領域がShankのPDZドメインと直接結合していることを見出した。抗GluRδ2抗体を用いて小脳シナプトゾームから免疫沈降を行った結果、GluRδ2/Shank/Homer/mGluR1α複合体が共沈され、抗GRIP1抗体を用いた免疫沈降ではGRIP1/Shank2複合体が共沈された。これらの結果は、LTDに重要な蛋白群がGluRδ2を中心として複合体を形成していることを示唆する。すなわち、GluRδ2はShank1、Shank2を介してLTDに重要な役割を果たしている分子であるAMPAR、IP3受容体、mGluR1・とを分子的に結びつける要に位置すると考えられる。

4 匂いの記憶・学習の分子生理学的研究
 交尾を契機に雌マウスに形成される雄フェロモンの記憶は、妊娠の成立に不可欠な、生存価の高い記憶であるとともに、記憶学習研究の優れたモデルとして有用である。なぜなら、フェロモン情報処理系(鋤鼻系)の最初の中継部位である副嗅球に生ずるシナプスの可塑的変化と学習が直接に対応しているからである。交尾刺激により賦活されたノルアドレナリン(NA)神経の働きを引き金として、種々の情報分子が関わり、僧帽細胞から顆粒細胞への興奮性シナプスに可塑的変化が生ずる。フェロモン記憶はまた、長期記憶のモデルであり、記憶の永続性及び消去の機構解明にも有用である。一度形成されると少なくとも30日間は保持されるが、妊娠によって消去される。フェロモン記憶に加えて、新生仔ラットにおける匂い学習も優れたモデル系である。椛らは、フェロモン記憶に関わる副嗅球の僧帽細胞と顆粒細胞との樹状突起間シナプス伝達をスライスパッチクランプ法により解析し、顆粒細胞を介した僧帽細胞のフィードバック抑制に顆粒細胞のNMDA受容体が促進的に作用し(Neuroscience, 2001)、代謝型グルタミン酸受容体mGluR2は抑制的に作用することを明らかにした。副嗅球のスライス標本を用いて、僧帽細胞から顆粒細胞への興奮性シナプス伝達に入力特異的に長期増強(long-term potentiation: LTP)が誘導された。このLTPの誘導には、海馬で一般的に用いられる100 Hzの刺激はあまり有効ではなく、比較的低頻度、すなわちtheta波(10 Hz)で、かつ、比較的長時間の刺激を与えることが必要であった。この所見は、形成に数時間を要するフェロモン記憶の特徴と一致している。LTPはNMDA受容体依存性に成立し、ノルアドレナリン(NA)がalpha2受容体に作用することによって促進された。NAの作用部位及び作用機構の詳細な解析により、NAは僧帽細胞(シナプス前部)のalpha2受容体に作用して電位依存性Ca2+チャネルの抑制を介してグルタミン酸の放出を抑制し、顆粒細胞に発生する興奮性シナプス後電流EPSCを減弱させた。このNAの抑制効果は、10 Hz刺激によって生ずる顆粒細胞の脱分極性プラトー電位の上昇を抑えることによって、逆にその刺激に対して顆粒細胞が確実に、しかも刺激から一定時間内に発火することを可能にした。このような活動電位の発生がLTP誘導に重要であると考えられる。さらに、野生型では、10 Hzの刺激中にDCG-IVを投与してmGluR2を活性化すると、NMDA受容体非依存性にLTPが誘導された。一方、mGluR2欠損マウスでは、このLTPが全く誘導されなかった。したがって、副嗅球の僧帽細胞から顆粒細胞へのグルタミン酸作動性シナプス伝達のLTPには、少なくともNMDA受容体依存性経路とmGluR2依存性経路の2つが存在することが明らかになった。フェロモン記憶の形成と僧帽細胞から顆粒細胞への興奮性シナプスの後膜肥厚のサイズの増大とが相関していることを報告しており、この興奮性シナプスと顆粒細胞から僧帽細胞への抑制性シナプスの後膜肥厚のサイズを記憶形成の時点から経時的に解析した。興奮性シナプスの後膜肥厚サイズの増大は記憶形成から5日間維持されていたが、それ以降は記憶前のレベルに戻っていた(Eur. J. Neurosci., 2004)。代わって、抑制性シナプスの後膜肥厚のサイズが遅れて増大し、その増大は記憶の保持時間と密接に相関していた。この結果は、記憶の永続性が静的というよりはむしろ動的な形態変化によって維持されていることを示唆している。また、新生仔ラットにおける匂い学習の長期記憶過程に特異的に主嗅球のCREBの合成とそのMAPK/ERK(mitogen-activated protein kinase/extracellular signal-regulated kinase)によるリン酸化が重要であることを明らかにした(Neuroscience, 2003)。新生仔ラットにおける匂い学習の制御に主嗅球のGABAB受容体が関わることを明らかにし(Eur. J. Neurosci., 2003)、この匂い学習の電気生理学的相関を捉えた。すなわち、主嗅球僧帽細胞の軸索にテタヌス刺激(100 Hz、1秒間、3分間隔で5回)を与えると、僧帽細胞から顆粒細胞へのグルタミン酸作動性シナプスにLTPがNMDA受容体に依存して誘導された。100 Hzで3回では閾値下でLTPは誘導されないが、NA(10 M)を対で与えると、beta受容体を介して強固なLTPが誘導された。このNA-paired LTPはAP-5では部分的にしか阻害されず、高閾値L型カルシウムチャネルブロッカーのnifedipineで完全に阻害された。これらの知見は行動薬理学的知見とよく符合した。

5 イムノトキシン細胞標的法を利用した大脳基底核神経回路の機能解析
 大脳基底核神経回路は、運動制御、運動の選択・実行、オペラント学習、報酬予測などの脳機能に中心的な役割を持つ。大脳皮質からの様々な入力情報は、線条体あるいは視床下核へ連絡する。線条体には、形態的および電気生理学的に異なる複数のニューロンタイプ(2種類の medium spiny ニューロンと数種の介在ニューロン)が存在し、これらの領域からの投射は2種類の経路(直接路と間接路)を介して出力核の神経活動を調節する。また、視床下核も出力核に連絡し、その活動の調節に寄与する。中脳ドーパミン神経系は、線条体と前頭前野皮質に投射し、様々なニューロンタイプの活動を調節することによって、大脳基底核機能の制御に重要な役割を担う。しかし、ドーパミン伝達に依存して複雑な神経回路がどのように調節され、行動を制御するかという神経機構については十分に理解されていない。小林らは、特定のニューロンタイプを誘導的に除去する遺伝子改変技術であるイムノトキシン細胞標的(Proc Natl Acad Sci USA, 1995)を利用して、ドーパミン伝達に依存して行動を制御する大脳基底核神経回路の作動メカニズムの解明を目指した。特に、線条体―淡蒼球 medium spiny ニューロンと視床下核ニューロンの運動制御における役割とその制御を媒介する神経回路メカニズムの解明に取組んだ。まず、線条体―淡蒼球 medium spiny ニューロンの運動制御における役割を明らかにするために、ドーパミン D2 受容体遺伝子に依存してヒトインターロイキン-2 受容体α-サブユニット (IL-2Rα) を発現する遺伝子改変マウスを作製し、線条体にイムノトキシンを注入することによって標的のニューロンの除去を誘導した(J Neurosci, 2003)。線条体―淡蒼球ニューロンの除去は、自発運動の増加を誘導する一方で、ドーパミン刺激による運動亢進を低下させた。神経活動の指標を用いた解析から、線条体―淡蒼球ニューロンの除去は、淡蒼球活動の亢進と出力核活動の低下を誘導し、この出力核活動の低下により自発運動が増加したことが示唆された。また、線条体―淡蒼球ニューロンの除去は、ドーパミン刺激に応答した淡蒼球活動の亢進には影響しなかったが、線条体―黒質ニューロンの活動亢進を減少させた。この活動亢進の減少は出力核活動の低下を阻害することにより、ドーパミンによる運動亢進作用を障害したものと考えられた。以上の結果から、線条体―淡蒼球ニューロンは淡蒼球の抑制を介して自発運動を抑制し、一方で、ドーパミン伝達に依存して淡蒼球への抑制を解除するとともに線条体―黒質ニューロンの活性化を補強することによって運動の発現を誘導することが示唆された。
 さらに、小林らは、視床下核ニューロンの運動制御における役割を明らかにするために、ニューロプシン遺伝子プロモーターに依存して IL-2Rα を発現する遺伝子改変マウスを作製し、イムノトキシンを投与することによって視床下核ニューロンの除去を誘導した(投稿中)。視床下核ニューロンの除去は、自発運動の増加とドーパミン刺激による運動亢進の低下を誘導した。神経活動のユニット記録を行なった結果、視床下核ニューロンの除去は、淡蒼球活動には影響せず、出力核活動の低下とその活動パターンの変化を誘導した。この出力核活動の変化に起因して自発運動の増加が誘発されたものと考えられた。また、視床下核ニューロンの除去は、ドーパミン刺激に応答した淡蒼球活動の亢進を阻害するとともに、それに応答した出力核活動の低下も阻害した。この活動変化の阻害によりドーパミン誘導性運動の障害が引き起こされたものと考えられた。これらの結果から、視床下核ニューロンは出力核の促進を介して自発運動を抑制し、一方で、ドーパミン伝達に依存して淡蒼球の促進を介して出力核を抑制し、運動の亢進に寄与することが示唆された。また、ドーパミン刺激に依存して視床下核活動を亢進する神経機構を明らかにするため、特に、前頭前野皮質から視床下核に入力する経路の役割について解析した。GABAA受容体アゴニストの局所投与による前頭前野皮質の抑制は、ドーパミン刺激に依存する視床下核の活動亢進を阻害するとともに、運動促進作用を減弱した。また、D1/D2受容体アンタゴニストの投与によってもこれらの作用は阻害された。これらの薬理実験のデータは、ドーパミン伝達による前頭前野皮質の活性化は視床下核活動を促進することによって運動亢進に寄与することを示唆した。以上の結果から、視床下核ニューロンは、ドーパミン刺激に依存する前頭前野皮質の活性化を大脳基底核に伝達し、運動機能に結びつけるために重要な役割を担うことが明らかとなった。イムノトキシン細胞標的法を利用して、線条体―淡蒼球 medium spiny ニューロンと視床下核ニューロンの運動制御における役割とその制御を媒介する神経回路メカニズムの解明に取組んだこれらの研究の成果は、2種類の中脳ドーパミン系(黒質―線条体系と中脳―辺縁皮質系)が大脳基底核を介して運動機能を協調するという神経回路メカニズムのモデルを示唆する。黒質―線条体系は直接路と間接路を協調的に制御し、中脳―辺縁皮質系は前頭前野皮質を介して視床下核を調節し、間接路の活動に働きかけることによって運動の制御に関与する。


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