〜血液疾患の細胞治療実現に向けて〜
これまで、生体外での造血幹細胞の維持には、血清アルブミンとサイトカインを組み合わせた培地
が不可欠とされてきましたが、実際には、短期間の造血幹細胞維持はできるものの、その増幅作用は限
定的でした。
2019 年に日米英独共同研究グループは、ポリビニルアルコール培地にサイトカインを加えると、血
清アルブミンを用いずに、⻑期に安定してマウス造血幹細胞を増幅できることを報告しています。こ
れに基づき、今回、アルブミンとサイトカインを、それぞれ高分子ポリマーと特定の化合物に置き換え
た培地を用いて、ヒト造血幹細胞の生体外での⻑期増幅を可能とする新規の培養技術を開発しました。
これにより、臍帯血に含まれるヒト造血幹細胞を 1 か月間にわたって増幅することができます。さら
に、単一細胞 RNA シークエンス解析により、既存の培養技術と比較しても、造血幹細胞が選択的に増
幅されることが示唆されました。
今後、この培養技術をヒト造血幹細胞の基礎研究ツールとして提供するとともに、より安全な造血
幹細胞移植の実現とドナー不足の解消に向けた臨床応用を目指します。
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Nature 【DOI】 10.1038/s41586-023-05739-9
Chemically defined cytokine-free expansion of human haematopoietic stem cells.
(化合物で構成された培地によるヒト造血幹細胞増幅)
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転写因子c-Mafの発現時期の制御により糖尿病や慢性腎臓病が治療できる可能性を発見
本研究グループは、これまでに、転写因子(遺伝子の発現を制御するタンパク質)c-Mafが、糖尿病に対する治療効果に加えて、腎障害や心血管疾患にも関与する近位尿細管の各種膜輸送体タンパク質の発現を制御していることを発見しています。また、c-Mafは、胎生期の臓器の発達や免疫細胞の機能調節に関与することが知られていますが、成体での働きはよく分かっていません。
本研究では、糖尿病とそれに伴う腎障害を発症するモデルマウスにおいて、成体になってから全身でc-Mafを欠損させたところ、糖尿病による高血糖や腎障害が改善され、腎障害の主な原因の一つである腎臓の酸化ストレスを減少させることを発見しました。すなわち、c-Mafの発現時期を制御することで、糖尿病および慢性腎臓病を改善できると考えられ、c-Mafを標的とした糖尿病および慢性腎臓病の新規治療法の開発につながる可能性が示唆されました。
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Transcription factor c-Maf deletion improves streptozotocin-induced diabetic nephropathy by directly regulating Sglt2 and Glut2.
(転写因子 c-Maf 欠損は Sglt2、Glut2 の直接制御によりストレプトゾトシン誘導型糖尿病
性腎症を改善する)
〜眠りの量と質が決まる仕組みを解明〜
また、睡眠の質は大脳皮質の興奮性ニューロンが制御し、量は視床下部の興奮性ニューロンが制御することを見いだしました。ウイルスベクターを用いて、後天的に睡眠の量と質を変化させることで、この分子シグナルをさらに検証することにも成功しています。
睡眠は、心身の健康に不可欠であり、睡眠障害は精神疾患や糖尿病、心疾患、アルツハイマー病などの認知症のリスクを高め、日中の脳のパフォーマンスを低下させます。我が国では多くの国民が睡眠負債(睡眠不足に伴う心身の不調)を抱えていると言われており、睡眠の量と質を制御する仕組みの理解を通じて、新しい睡眠制御方法や睡眠障害治療法の開発に貢献することが期待されます。
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Nature 【DOI】 10.1038/s41586-022-05450-1
Kinase signalling in excitatory neurons regulates sleep quantity and depth.
(興奮性ニューロンにおけるキナーゼシグナルが睡眠の量と質を制御する)
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Nature 【DOI】 10.1038/s41586-022-05510-6
A signaling pathway for transcriptional regulation of sleep amount in mice.
(マウスの睡眠量を調整するシグナルパスウェイと転写制御)
→ プレスリリース 筑波大学ウェブページ
〜筋疾患治療法の開発に貢献〜
子供が成⻑する過程で、骨格筋幹細胞は盛んに増殖し、筋肉を形成します。成⻑が止まった大人の筋
肉では、骨格筋幹細胞は眠った状態(休止期)に入りますが、激しい運動などで骨格筋が障害を受ける
と、眠りから目覚めて増殖し、筋肉を修復・再生します。再生が完了すると、再び眠りにつきます。と
ころが、加齢や慢性的な疾患に伴い、勝手に目覚めてしまう骨格筋幹細胞が増えます。このような状態
が続くと、幹細胞の数や機能が徐々に低下し、加齢性の筋肉疾患につながると考えられます。
このため、本研究チームは、骨格筋幹細胞が眠る仕組みを解き明かし、将来的には幹細胞の減少や機
能低下を予防する方法を確立したいと考えています。
本研究では、休止期の骨格筋幹細胞の表面に強く発現している接着型Gタンパク質共役受容体の
GPR116 に着眼し、骨格筋幹細胞が眠る仕組みの一端を解明しました。GPR116 遺伝子を欠損したマ
ウスを作製してその機能を調べた結果、GPR116 とその標的となる下流因子 β-arrestin1 が骨格筋幹
細胞の休眠状態に必須であることを同定しました。GPR116 自体は、細胞の外側にある物質(細胞外
基質)と結合し、細胞外の情報を細胞内部へ伝えることで休眠状態を維持することが示唆されました。
今後、GPR116 やその関連経路を創薬ターゲットにすることで、加齢や病気によって異常に活性化
した骨格筋幹細胞を眠りへと誘う新しい筋疾患治療法の開発に貢献することが期待されます。
→ Cell Reports
The adhesion G-protein-coupled receptor Gpr116 is essential to maintain the skeletal muscle stem cell pool.
Volume 41, ISSUE 7, 111645, November 15, 2022
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.111645
筑波大学血液内科の坂田-柳元教授が、2022日本癌学会モヴェルネ賞のTranslational Research部門を受賞しました。
坂田-柳元教授は、「Translational research targeting intractable lymphomas」に関する優れた研究成果が認められました。
日本癌学会とDebiopharm社は、基礎および応用の両面から最先端の癌研究を表彰し、日本の研究者がその研究を世界に発信することを奨励するために、JCA-Mauvernay Awardを共同で創設しました。
廣川教授、高橋教授がAMED-BINDSプロジェクトに採択されました。
「生命科学・創薬研究支援基盤事業」は、我が国の幅広い生命科学関連研究に立脚し、その中の優れた研究成果を創薬研究などの実用化研究開発に繋げることを目的とした事業です。 ・・・
もっと読む → (BINDSウェブページ)
一方、同じ種類の細胞型であっても細胞ごとに発現が変動する遺伝子があることが知られています。これらの遺伝子の中には、細胞の機能に関与するものも多くあるため、細胞集団全体の機能や疾患の発症にも影響します。このような、細胞間での遺伝子発現変動には、細胞間相互作用が関連することがいくつかの例で知られていたものの、複数の細胞型が遺伝子発現に与える影響を網羅的に調べる方法が存在せず、その全貌は明らかではありませんでした。
本研究では、細胞の機能と空間座標を同時に計測する1細胞空間トランスクリプトームデータを用い、近傍の細胞が互いに遺伝子発現に与える影響を推定する情報解析手法CCPLSを開発しました。この手法は、ある細胞型に着目した際の、近傍の細胞型の種類と、それによる遺伝子発現との関連を推定するものです。シミュレーションデータを用いた評価実験を行ったところ、CCPLSが細胞間相互作用を精度高く推定できることが分かりました。また、脳や大腸における実データへの適用例から、具体的な細胞間相互作用を抽出することができ、本手法の有効性が示されました。
CCPLSは1細胞空間トランスクリプトームデータ全般に適用可能であり、細胞の微小環境に着目した創薬標的探索などへの応用が期待されます。
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Bioinformatics 【DOI】 10.1093/bioinformatics/btac599
CCPLS reveals cell-type-specific spatial dependence of transcriptomes in single cells.
(CCPLS により1細胞解像度で解明する遺伝子発現の細胞型特異的な空間依存性)
→ プレスリリース 筑波大学ウェブページ