活動報告


A01班
A02班
A03班
A04班
B01班
B02班
B03班

「公開シンポジウム・班会議」報告

A03班が5年間に行なったこと
柳澤勝彦(国立長寿医療センター研究所)

1. 第5回「先端脳」公開シンポジウムから

 A03班はアルツハイマー病の病態解明を目的に構成された研究班である。平成16年12月21日に行なわれた第5回「先端脳」公開シンポジウムにおいて、井原康夫班長よりA03班成立の経緯と5年間の主な研究成果が、以下のように紹介された。
 「先端脳」が活動を開始した2000年は、アルツハイマー病研究の歴史のなかで節目の年であったといえる。即ち、1987年のアミロイド前駆体蛋白(APP)の発見、1993年のアポリポ蛋白E(apoE)の登場に引き続き、1995年にプレセニリン(PS)、1999年にアミロイドβ蛋白(Aβ)産生酵素の一つとしてBACEが発見され、Aβワクチン療法の可能性が示され、2000年を前にタウ蛋白と神経細胞死との関係を決定づけるFTDP17の存在が明らかにされた。このようにアルツハイマー病成立に深く関わる分子群が出揃った段階で、まさに「先端脳」が開始されることとなった。A03班は、以上のような世界のアルツハイマー病研究の動向を踏まえ、(1) Aβ産生酵素(β-、γ-セクレターゼ)の特性解析と実体解明、(2)AβのtraffikingとapoEの役割解明、(3)FTDP17を中心とした神経細胞死におけるタウ蛋白の役割解明、そして(4)アルツハイマー病動物モデルの開発を研究課題に設定し、それに基づき班構成がなされた。5年間の研究により、(1)については、AβのC末端切断に関わるPSを含む4分子の複合体形成とその活性化機構が明らかにされた。またAβのC末端の多様性を生む基盤の一つとしてγ切断の他にε切断の存在が示された。(2)については、Aβ重合開始が細胞膜脂質の一つであるガングリオシドとの結合により促進されること、またこの両分子の結合はapoEに代謝制御を受けるコレステロールに影響を受けることが示された。(3)については、変異タウ蛋白遺伝子を導入したマウスや線虫が作製され、これらを用いてGSK-3βを中心としたタウ蛋白の異常リン酸化機構、神経細胞の生存と機能発現におけるタウ蛋白の役割に検討が加えられた。(4)の動物モデルの開発は、(1)から(3)までの研究活動を通して、マウス、サルといった哺乳類、さらには線虫を対象に進められ、これらを活用する研究態勢が国内で整った。これらの動物モデルは、今後の我が国のアルツハイマー病研究に少なからぬ貢献をするものと期待される。以上のように当初設定した課題に沿った研究により多くの成果が得られた一方で、Aβ分解に関わるペプチダーゼとしてネプリライシンが同定され、その賦活法が開発された。また、Aβワクチン療法の副作用軽減を可能とする経口ワクチンが開発された。これらはヒトへの臨床応用が具体的に検討されるべき段階にある研究成果であり、今後の展開に期待が集まっている。この他にも、計画班員ならびに公募班員による数多くの研究成果がもたらされた。我が国におけるアルツハイマー病研究態勢は、この5年間で成熟したといえる。井原班長の概説のあと、岩坪班員と桑野班員が、それぞれ研究成果の紹介を行なった。
 岩坪班員は、PSがγ-セクレターゼ活性の中核であることが認知されるまでの経過を概説し、γ-セクレターゼ活性を担うPS複合体(PS、ニカストリン、APH-1ならびにPEN-2)がどのように構成され、蛋白分解活性を発揮するのかについて、RNA干渉法を活用した班員自身の研究成果を報告した。PSが関わる蛋白分子の膜内切断の解明は、アルツハイマー病研究の枠を超え、細胞生物学に新たな分野を切り開いている。それらの研究から、PS複合体はAPP以外にも複数のシグナル伝達に関わる蛋白分子を基質とすることが明らかにされている。これらの蛋白分子の生理的プロセッシングに影響することなく、Aβ産生、とりわけ重合性の高いAβ42産生を選択的に抑制するγ-セクレターゼ阻害剤の開発が今後の課題であるといえる。PS研究の今後の展開に期待したい。
 桑野班員は、日本人のアルツハイマー病発症の遺伝要因の特定を目指したゲノム班の活動と、これまでに得られた成果を紹介した。本研究の基盤は多数のアルツハイマー病患者ならびに対照者からの血液提供であり、それを可能にしたのはゲノム班に所属する全ての班員の努力であり、また全国の医療関係者の理解と協力であったと思われる。東海林班員を中心とした新たなアルツハイマー病診断基準の作成も臨床診断の統一を図る上で重要な役割を果たしたといえる。これまでに、約2000名のアルツハイマー病患者とそれを超える数の対照者から血液が採取され、ゲノムワイドで遺伝子解析を行なうことを可能とするシステムが新潟大学脳研究所内に確立した。興味深いことに、これまでの解析によって、apoE遺伝子多型以外にアルツハイマー病感受性遺伝子が存在する可能性が強く示唆されている。疾患感受性遺伝子の決定は、それらの生物学的ならびに病理学的役割の検討の始まりでもある。長い時間と多くの労力を要する研究であるが、日本人におけるアルツハイマー病発症の遺伝的背景の解明に向け、今後の研究の展開に期待したい。

A03班が設定した課題(枠内)と主な研究成果


2. サブグループ活動

 A03班では、アルツハイマー病研究を推進するにあたって重要と考えられる問題点を整理し、それらに関する研究指針を議論することを目的に、3つのサブグループが組織された。それぞれ、1、2名の計画班員が世話役となり、A03班員と班員外の研究者が年に1回参集し、研究会が開催された。サブグループの第一は「タウ蛋白研究会」であり、高島班員と森班員が世話役となり、タウ蛋白のリン酸化機構を中心とした議論が活発になされた。第二は「γ-セクレターゼ研究会」であり、西村班員と大河内班員が世話役となり、アルツハイマー病発症過程の主役分子であるPSの分子生物学に常に新しい話題が提供された。第三は「マイクロドメイン研究会」であり、筆者が世話役となった。マイクロドメイン(ラフト)は細胞生物学的に重要な膜ドメインであると同時に、Aβの産生と重合の場として注目されている。研究会ではマイクロドメインの実態とアルツハイマー病発症との接点について活発な議論がなされた。これらのサブグループ活動は、アルツハイマー病研究の主要課題を掘り下げる上で有用であったことに加え、班員間あるいは班員外の研究者との共同研究を促進する上で大きな役割を果たした。
 A03班では、この他の活動として班集会を開催している。第1回の班集会では、アルツハイマー病の時間的ならびに空間的な病理変化を整理するとともに、治療薬開発研究の現状についてまとめた。第2回は、超高齢者の増加にともない今後重要性が増すと考えられる加齢依存性の非アルツハイマー病性痴呆をとりあげ、その臨床的ならびに病理学的特性について検討する予定である(2005年2月19日開催)。班集会はA03班に所属する基礎研究者からの要望をうけ、アルツハイマー病の包括的理解を助ける場として始めた活動である。脳の病態研究を専門領域の異なる研究者により構成される班活動として推進する際には、このような病態の基本を理解、共有する場が必要と考えられた。

3. 「先端脳」から「統合脳」へ:アルツハイマー病研究における役割

 アルツハイマー病発症に決定的に関わる主要な分子は前世紀末までにほぼ出揃った。アルツハイマー病研究は、これらの分子の異状が発症にどのように関わるのかを、脳という臓器のなかで時空間的に読み解く段階に来ていると考えられる。分子レベルに基礎をおきながらも、脳をシステムとして理解することを「先端脳」にも増して強く企図する「統合脳」において、その一領域としての「病態脳」班には、我が国のアルツハイマー病研究の新たな推進役としての責任がある。大きな成果を期待したい。