活動報告


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「公開シンポジウム・班会議」報告

A04 班 「脳細胞の変性に関する研究」
五十嵐修一(新潟大学脳研究所・臨床神経科学部門)

「まとめ」

 アルツハイマー病以外の神経変性疾患、すなわちパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、ポリグルタミン病などの神経変性疾患の病態機序を解明し、治療法を開発することをA04班の目標としてきた。パーキンソン病に関しては、遺伝性パーキンソン病の病態機序の解明と弧発性パーキンソン病における封入体の形成機序を解明する大きな2つのアプローチがとられた。遺伝性パーキンソン病では世界的規模で多数の原因遺伝子が同定されてきており、ARPDのparkinの同定後、DJ-1の同定、また最近ではPARK6の原因遺伝子としてPINK1が同定された。 遺伝性パーキンソン病の病態機序に関しparkinの変異がどのような分子メカニズムでドーパミン細胞を変性させるのか、また14-3-3蛋白がparkinの調節タンパクである可能性など検討され注目されている。弧発性のパーキンソン病に関して、Lewy bodyの本体であるαシヌクレインのser129が異常なリン酸化を受けていることが発見された。この異常なser129のリン酸化は、DLBにおけるLewy body、多系統萎縮症の封入体でも観察された。どのような機序でこのser129の異常リン酸化がおこるのかが、研究の焦点となっている。
 球脊髄性筋萎縮症と歯状核赤核ルイ体淡蒼球萎縮症(DRPLA)の病態機序をよく反映したモデルマウスが作成され、病態解明、治療研究に活用されている。DRPLAのモデルマウスによって、変異タンパクが神経細胞内の核内に早期に集積してくること、集積がリピート数に依存し経時的に起こってくること、集積に部位特異性があり、病理学的に知られていた病変部位よりも広範に核内集積があることが明らかにされた。ポリグルタミン病の病態機序に転写障害などの核の機能異常が関係していることが示され機序解明に貢献できた。球脊髄性筋萎縮症に関して、モデルマウスを用いて、ポリグルタミンの伸長したアンドロゲン受容体の核移行を阻害することでマウスの表現型が抑えられ治療が可能であることが示された(現在臨床治験中)。基礎的な研究により解明された病態機構をターゲットとしての治療戦略、臨床応用に到達できたという点でこの班の成果として誇るべき仕事であると考えられる。

「ポリグルタミン病の分子標的治療への展望:球脊髄性筋萎縮症を中心に(名古屋大学・祖父江元)」
 球脊髄性筋萎縮症は男性のみ発症する伴性劣性遺伝性の運動ニューロン疾患である。病理学的には脊髄レベルで運動ニューロンが完全に脱落し、臨床的に舌の萎縮、構音障害、嚥下障害や四肢筋力低下を示し、最終的には呼吸筋の障害もきたす。アンドロゲン受容体遺伝子のN末側に存在するポリグルタミンをコードするCAGリピートが、正常の2倍ほどに伸長していることに起因する疾患である。すべてのポリグルタミン病は病理学的に封入体が観察され、共通の発症病理メカニズムの存在が推定されている。ポリグルタミンの異常に伸長した変異蛋白が産生された場合、切断後にコンフォメーショナルな変化を受ける可能性があり、核内移行後、オリゴメリックないしポリメリックな凝集体を形成し、その過程で神経毒性を示すと考えられている。
 ポリグルタミン病の病態機序に基づく治療戦略としてターゲットとなるところは、1)伸長したポリグルタミンの核内移行を抑える、2)伸長したポリグルタミンの核内での凝集を抑える、または凝集体の分解を促進させる、3)凝集によって生じる転写抑制を抑え、転写を活性化させるの3点である。
 まず伸長したポリグルタミンの核内移行を抑えるという観点から、アンドロゲンレセプター内のポリグルタミンが97リピート有するモデルマウスを用い解析を行った。メスでは表現型を示さないが、オスでは体重、活動性、運動能力、生存曲線いずれも正常コントロールに比し低い値を示した。病理組織学的にも、伸長ポリグルタミンを特異的に認識する1C2抗体により、オスのみに脊髄の運動ニューロンの核内の染色が認められ、同じトランスジェニックマウスでも表現型に性差がある興味深い知見が得られた。そこで、去勢術を施行して表現型を観察すると、体重の増加は正常化し、病理組織学的にも異常ポリグルタミンの核内集積の所見が見られなくなった。アンドロゲンレセプターはテストステロンの存在下に核内に移行することが知られており、去勢術でテストステロンが低下することにより、アンドロゲン受容体が核内移行しなくなり、発症が抑制されたものと考えられた。LH-RH analogでテストステロンの分泌を抑制する薬剤であるleuprorelinをトランスジェニックモデルマウスに投与した結果、体重、活動性, 運動能力, 生存曲線に著明な効果が認められた。本疾患では、女性のhomozygoteではheterozygote同様に発症しないことが報告されており、血中のテストステロンレベルが発症に密接に関わっていることが推察され、同薬剤による臨床治験が現在進行中である。
 次の治療ターゲットとして、伸長したポリグルタミンの核内での凝集を抑える、または凝集体の分解を促進させる視点からシャペロンを使って治療開発を試みている。Hsp70を強発現するトランスジェニックマウスを作成し、球脊髄性筋萎縮症トランスジェニックマウスと交配させると、生じたダブルトランスジェニックマウスは表現型が軽くなった。そこで、治療応用するためにHsp70を誘導させるGGAをモデルマウスに内服させると、体重、活動性、運動能力、生存曲線の指標上、改善がみられた。経口で使用できるという利点はあるが、マウスの実験では体重あたりの使用量が多く、実際の臨床応用では問題になるかもしれない。
 次に、転写障害のレベルをターゲットにした治療開発として、sodium butylate (HDAC inhibitor)の内服実験を行った。HDAC inhibitorはヒストンの脱アセチル化を抑えることにより、転写因子がDNAにアクセスしやすくなり転写が活性化を起こすとされている。4mg/mlの濃度では、効果がみられたが、8mg/mlではコントロールと差が無くなり、有効濃度の幅が狭く、実際の臨床応用は難しいかもしれない。
 発症して1週間目に去勢すると症状は可逆性であるが、2週間目に去勢すると症状は改善が悪くなる事実から、神経変性疾患においても可逆性のステージが存在し、治療応用を考察する上で重要である。

「ALSの神経細胞死とAMPA受容体RNA editing異常(東京大学・郭伸)」
 弧発性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態メカニズムに関して、グルタミン酸トランスポーターが低下し、シナプス間隙でのグルタミン酸濃度が上がり、グルタミン酸受容体の興奮性が増し、神経細胞死に至る仮説が以前から存在していた。しかし、グルタミン酸トランスポーターが実際には疾患特異的に変化が捉えられないなど理由で、むしろグルタミン酸受容体自体の特性に何らかの変化をきたし、興奮性の増大から神経細胞死を引き起こすのではないかという仮説が注目されてきている。グルタミン酸受容体の中で、AMPA受容体が運動ニューロンで発現密度が高くALSの病態機序に関連する可能性がある。AMPA受容体は4量体から構成され、GluR1からGluR4のサブユニットの組み合わせからなる。各サブユニットは4つのドメインから成る。通常構成に含まれるGluR2は、その第2膜ドメインにQ/R部位を有しCa透過性に影響を与えている。この部位が、Q(グルタミン)をコードしているとCa透過性で、R(アルギニン)をコードしているとCa非透過性であり、正常の神経細胞でのGluR2はR型で、Ca非透過性であることが知られている。ゲノムレベルではQ型でコードされているものが、神経細胞においてはmRNAの段階で、GluR2に限りR型に変るというRNA editingが起こることが判明した。そこで、脊髄の運動ニューロンのみを100個、選択的に切り出してきて、GluR2の発現量に差がないことを確認後、GluR2のQ/R部位でのmRNA編集率を制限酵素認識部位の差として定量的に調べた。5例のALS群では、GluR2のQ/R部位でのmRNA編集率は、0から100%までの範囲でmRNA編集率が低下していた。5例のコントロール群の運動神経、ALS群のプルキニエ細胞ではmRNA編集率は100%であった。多系統萎縮症や遺伝性脊髄小脳変性症の障害部位での編集率に変化はないことから、GluR2のQ/R部位でのmRNA編集率低下はALSの運動ニューロンに特異的な現象と考えられ、弧発性ALSの発症メカニズムの解明において重要な知見といえる。今後は、RNA編集に関わるADAR2(adenosine deaminase acting on RNA type 2)などのRNA編集酵素の活性ならびに活性調節因子と運動ニューロンの細胞死との関連が明らかにする必要があり、弧発性ALSの治療開発に結びつく重要な研究である。